JavaOne Tokyoの準備のために、IDC作成のJavaの10年史を年表を見返していると、HotJava Browserを見, Javaの登場に熱狂した当時の感覚がおぼろげながらも復活してきてしまいました。当時富士通でクソ生意気な下っ端SEだった私なのですが、 General MagicのTechnologyとともに、勝手に想像を膨らませて、自分なりの未来を描いたように記憶しています。その後JavaはPlatformとなりあらゆるカテゴリのテクノロジーを吸収、整理し、Java Technologyとして体系化され、洗練されていくわけですが、10年を振り返るとその転換点にほんのすこしでも触れていたことの幸運を感謝したくなります。
ただ、最近すこしだけ心配なことがでてきました。Javaの黎明期のワクワク感は今もあるのかということです。すこし薄まってきている感じがしてなりません。この「ワクワク感」の共有は非常に大切なことです。「ワクワク感」のある状態は、ドキュメントが日本語化されていないとか、勉強するための情報を与えられないとか、必要となる機能が実装されていないとかということを、自ら参加し、実行するチャンスとして考えること可能にします。まさに新しいことを発想し、実行する原動力そのものです。Javaはお仕着せのIT技術ではありません。この「ワクワク感」は、IT技術の大規模ベンダーへの集約を拒んだ原動力です。Javaはある意味成熟しつつあるともいえますが、同時にJavaという大きな文化の下に、多種多様な「ワクワク」のタネを発信しつづけています。まだまだ新しいネタはたくさんあります。今後それぞれの分野で、それぞれの開発者コミュニティでこのワクワク感を共有していく必要があるのでしょう。
Javaの黎明期を支えたエンジニアは実は日本には非常に多く存在し、このワクワク感を共有したのだろうと信じています。10周年の今年にJavaOne TokyoでこのJavaのワクワク感をもう一度活性化し、私より若い世代の技術者にも伝えていく必要があります。もし、自身が20代で若い世代の技術者なら、一度社内のJava黎明期を知る先輩エンジニアに話を聞いてみてください。いつも品質や納期にうるさい先輩エンジニアが、おそらく当時あんな Dukeが踊るだけのくだらない(笑)デモから、恐ろしい想像力を働かせていた目を輝かせていた意外な側面が見えてくるかもしれません。
Posted by 工藤浩孝 on 10月月 04日, 2005年 at 12:17 午後 JST #