変化は必ずしも良いものとは限らないが、より良いものはいつも変化から生まれる
先週のブログに寄せられたコメントを読み、いくつかの重要な質問に回答したいと思います。
まず、長年使ってきたティッカーシンボルを変更するのは大変だということはわかっていました。また、皮肉を好む人 (または、Java プラットフォームに関する唯一の記憶が、ぎごちない、ゆっくりとした立ち上がりである、という人) からいろいろと言われるであろうことも。
Sun では近年さまざまな変革を推進してきましたが、変えるということは大変なことです。どのような決断であれ、賛成する人もいれば、反対する人もいるものです。フリー・ソフトウェアへの移行から、競合他社との提携にいたるまで、さらに社員食堂での発泡スチロールの廃止についても、賛否両論がありました。変化は進歩を生み出す主要な要素でもあります。
私は Sun の決断に全力で取り組みます。Sun のティッカーシンボルであり、NASDAQで最も取引高の大きい銘柄は今、JAVA です (素朴な疑問にお答えしておきますが、ティッカーシンボルとして SUN を使うことはできませんでした。それに、多くの企業が、ティッカーに自社で最も価値のあるブランドを使用しています。COKE もその一つです)。
このブログや他の場所で受けた質問にお答えします。ティッカーシンボルを変更したことによって、株価が影響を受けることを期待しているのか、という質問に対する答えは、「ノー」です。理性のある投資家なら、ティッカーシンボルを見て株を売買することはないからです。投資家は業績や業績の見込み (あるいは取引の傾向) を見て株を買うものです。
ティッカーシンボルの変更によって Java のブランド認知度が大きく向上することは大いに期待しています (Java のパートナーには何年も前から求められていたことです)。また、Java が単なる言語ではなく、(Java 仮想マシンでサポートされている Ruby、Python、またはその他のスクリプト言語向けの) プラットフォームとして認められ、その開発者である Sun にも親近感を持ってもらいたいと思っています。どのようにして親近感をもたらすのでしょうか。下の画像にヒントがあります。これは月曜日の市場取引が終わってから世界に公開された (そして今後 Sun が話題になるときには引き合いに出される) ものです。
ともかく、私の先週のブログの内容が、コメントと電子メールの嵐を呼びました。
私が気に入った (好意的な) 怒りの声は、タトゥーや車のナンバープレート (上の画像) が「賞味期限切れ」になってしまったというものです。Sun がソフトウェアの命名規則を変更するなら、共同訴訟 (それに身体的危害) を起こすという、システム管理者からの (あまり好意的でない) 脅しもありました (Sun のソフトウェアのアップデートやパッケージは、ファイル名に「SUNW」という接頭辞が付いていますが、これを変更する予定はありません。そのような予定はないとはっきり申し上げておきますので、どうか落ち着いてください)。ティッカーシンボルの変更に手やお金がかかると信じている方々もいらっしゃいましたが、この変更にはお金はかかっていませんし、NASDAQ もこのティッカーシンボルと Java プラットフォームを評価していて、JAVA の普及に向けて協力してくれています。これはチャンスを破壊する行為ではなく、むしろチャンスを創り出しています。
「私が [ネパールのバス/グアムのボート/フィンランドのビーチ/ベトナムのコーヒーショップなど] で出会った [運転手/乗客/学生/バーテンダー] は、Java なら知っているけど、Sun は知らないと言っていました」というようなメールが約 20 件ありました。このようなメールでは、概してこの変更に好意的でした。
「Java プラットフォームは永遠に続くものではないかもしれないと心配していますか? (ナンバープレートに使っても大丈夫でしょうか (^-^ )?)」 いいえ。Java は Sun がこれまで開発したテクノロジーのうち最も広く普及したものであり、最も価値の高いブランドです。1 世紀続く可能性のある数少ないテクノロジーのうちの一つです。ですから、その永続性を心配してはいません。「この変更によって戦略の変更を推察すべきでしょうか?」 いいえ、チャンスを逃したくなかった、ただそれだけです。
コメントをいただきありがとうございました。予期しないコメントばかりではありませんでしたが、その問題のすべてとは言えないにしても多くを真摯に受け止め、今後の参考にさせていただきます。それでも、この変更が長い目で見て Sun にとって正しい決断であると、私は信じています。時間がたてばわかることです。
Java の名前の歴史に興味のある方のために、Java の開発者である James Gosling に当時のことを聞いてみました。James Gosling からの返信は次のとおりです。
__________________________________________________________転送メッセージ:
送信者: James Gosling
日付: 2007/08/24 20:16:58 PDT
受信者: Jonathan Schwartz
件名: Java の名付け方法
Java は次のようにして名づけられました。
名前が必要だったのです。最初は「oak」(私が適当に選択した名前) と呼んでいて、チーム内ではその名前に愛着を感じていたのですが、商標の問題で弁護士に却下されてしまいました。名前に関しての膨大な電子メールが蓄積する一方、何の解決も生まれませんでした。結果として、製品の出荷を阻害する第一の要因が名前である、というぶざまな状態に陥ってしまいました。
マーケティングのリーダーが、ある「命名コンサルタント」(名前は忘れましたが、優秀な方でした) を知っていました。通常の製品命名プロセスに割くような時間も予算もなかったので、 そのコンサルタントにお願いして、少々奇妙だけれども、効果的で迅速な方法をとることにしました。コンサルタントを会議の進行役として、チームの 10 数人が集まって会議室に半日こもりました。会議は「これをどう思いますか?」 (ワクワクする!)、「同じような感じがするものは何ですか?」(Java!) のような質問で始まり、ボードはやがてランダムな単語で埋め尽くされました。次に、それらの単語を並べ替え、名前のランキングを作成しました。最終的に 12 の候補名を弁護士に送りました。そして、弁護士がこのリストを精査して条件に合うものを探したのです。「Java」はリストの 4 番目にあった名前です。リストの最初にあったのは「Silk」で、これは私は好きではありませんでしたが、他のメンバーは気に入っていた名前でした。私が推していたのは、リストの 3 番目にあった「Lyric」でしたが、弁護士の調査によって失格となりました。そのほかの候補名は覚えていません。
さて、Java の名付け親は誰でしょう?打ち合わせをセッティングしたのはマーケティング部門で、コンサルタントが進行役となり、チームのメンバーがランダムに単語を叫んでいたわけです。正直、最初に「Java」と言ったのが誰だったかは確かではありませんが、Mark Opperman だったのではないかと思います。
理路整然とした思考プロセスを持つマーケティングの天才がいたわけではありません。
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技術革新の多くがそうであるように、意思決定のすべてがスプレッドシート上で始まるわけではありません。製品名、ブログや、プログラムのコードも同様です。チャンスの大きさを評価するのは、さらに難しいことが多いのです。
Posted on 11:45午後 8 30, 2007 |



















