~ 最後は勘だが、まずは疲れるまで考えてみることだ ~ まなぶ考論

金曜日 3 21, 2008

二元論とは、世界や事物の根本的な原理としてそれらは背反する二つの基本的要素から構成される、または二つからなる区分に分けられるとする概念である。

神学や哲学といった学問に近い領域での展開となるため、一般的に知ったり聞いたりしても私も含めたパンピーにとって面白くない。

私はこの二元論を、より身近に感じてもらえるよう、「まなぶ二源論」として考え論じてみたいとおもう。

まなぶ二源論は「世の中は2つに分けられる」から始まる。
皆の周りを見渡してほしい。人間を二つに分けるなら男と女、方角を二つに分けるなら北と南、さらに西と東、さらに陰と陽、光と影、などなど、といったように背反する2つの要素から成り立っている。

これらは概念であったりモノであったりするわけだが、モノに関して素粒子物理学の世界ではプラスとマイナスが良く使われ、ご存知の通り世の中に存在するモノのすべては、プラスかマイナス、どちらかの電荷を持つをなっている。これについての論考も別途行いたいと思うが、今回は概念系つまりモノではなく、たとえば東と西とか行く行かないなどといったことについて本題としたい。

人の判断は、この二元論に従うとどう考えられるだろう。
行う or やめる、であったり
好き or 嫌い、であったりするのだろう

しかしながら、これら判断の基準は、好きとか嫌いとか、おいしいとかまずいとか関係ない。結論を述べると「損か得か」であろう。

行うと判断した場合、それはその判断によって得をするのだろう。
やめると判断した場合、それはその判断によって得をするのだろう。

突き詰めて考えると、人の行動は「損」か「得」かを判断してゆくものであると考えられるわけだ。

これを読んだ諸君もこれから気にしてほしい。
家庭でも恋愛でも仕事でも、人の判断により自分の思う方向へ物事が進まない時は、決済権者の得を考えてあげよう。


以下、私のつたない経験を例として3つほど記載する。


■Case Study 家庭「カレーが食べたい」
息子夫婦と同居するおじいさんは、どうしても今晩はカレーが食べたかった。しかしながら、息子の嫁はあまりおじいさんの献立提案に乗ってこない。

そこでおじいさんは考えた。
「孫がカレーを食べたいと言っていることにしよう、さらにジャガイモはわしが調達しよう」

この提案を聞いた息子の嫁は、急いで豚肩肉を買いにいったという。

本ケースは、特に息子の嫁にメリットがないように見えるが、実は2つの要素が彼女を動かしたと考えられる。

一つ目は、献立に賛成する人数。毎日の献立考案は主婦にとっても煩わしいもののようだ。5人のうち2人が賛成するならばといったところか。
二つ目は、じゃがいもの調達をおじいさんが行うといった譲歩である。これまで提案しかしてこなかったおじいさんが自ら行動するといった事態について、後押しの役目を果たしたわけだ。


■Case Study 仕事「担当者を落とす」
これまでどうしても判子を押してくれなかったお客から、今朝突然発注したいから注文書の雛形もってこいとの連絡を受けた。これまで聞いていたスケジュールよりも2ヶ月も早く、何が起こったのか判らなかったが、とりあえず現場へ急行した。

すると、既にうちの上席と仲良く話をしているではないか?!
注文書とサービス仕様を説明し終え、本件についてのフォローアップをしているときにその理由を聞いてみた。

プロジェクト自体の難易度が高く、前に進めるにあたり社内では腫れ物に触るようなものであった。とはいえ、プロジェクト成就の見返りは大きく、自身としてもチャレンジしたいといった狙いはあった。しかしながら、社内に協力者なく、予算もすべて通るわけでもない状況で困っていた。ところが、たまたまうちの会社の上席が知り合いであったため、ことの成り行きを相談しているうちに、彼にとっての協力者となることを上席が約束、プロジェクト成功の見通しがたったということであった。(まあ、夜の付き合いもあったとは思うが)

この場合は、成功時の見返りが得であり、その見返りを手に入れるための協力を得られたからこそ、我々の受注に繋がったという事例となる。

■Case Study 恋愛「付き合わないほうがいい」
これまで何度も口説きに口説きまくった彼女だが、どうしても最後までいけない。潔癖そうで手も繋がせてくれない彼女に、だめもとで「ストレート」交渉してみた。


「今日は一晩、大丈夫です。」


案外ストレートに言われると要求が判りやすく良いとのことであったが、彼女にとってのメリットはそんなところにはない。


2週間くらい前から約束をしてくれたこと、翌日が休みであったこと、がアバンチュールへの導線であったようだ。


それよりもなによりも、「一戦交えたかった」と彼女は思っていたのだろう。
これまで発せられた言葉が裏腹な訳は、ここにあるようだ。


世の中損か得か、この二つの源が人を動かす原点であるとのことから、「まなぶ二源論」としていることを最後に付け加え、終わりとしたいとおもう。
Comments:

Post a Comment:
  • HTML Syntax: NOT allowed