墓碑銘 2005 : 米国そして日本からそれぞれ一名あげるとすると

[Summary] At the end of 2005, I remember many people had gone..... Among them, I want to comment on Peter.F.Drucker and Sohei Nakayama.

(Translate to English)

今年も残すところ一日。いろいろな出来事、悲しいこと嬉しいことといろいろありました。さて、一年を振り返ってみて、今年もまた、歴史に名を残した人たちが多く逝かれました。

ウィキペディア(Wikipedia)を眺めてみると、こんな人も亡くなったんだ、、とちょっと驚きもありました。

もし、私が衝撃を受けた人を一人づつ、米国と日本から選ぶとすると、米国人ではやはり、ピーター・F・ドラッカー氏、日本人では中山素平氏です。

ドラッカー氏については、Sun日本法人の何人かもblogで言及していますが、私は彼がバフェット氏と同様、ITに関して必ずしも肯定的立場をとらなかったことに、非常に興味を持ち、かつ、大きな流れを見た上での世界観に関して非常に興味を持っていました。例えば、日経ビジネス11月21日号の「時事超流」では、”1000年単位で常識を問う”とのタイトルで氏に対する追悼を寄せています。その中で、興味深い、氏の発言をそのまま転記しますと、

「現段階でのIT革命は、15世紀の印刷革命に比べれば衝撃度はまだ小さい。現在のハイテクは社会構造を変えるまでには至っていない。」

印刷革命 -> 書籍普及 -> 大学の誕生 -> 教育制度の変化 -> 大衆が聖書を読める社会の誕生 -> 宗教改革

との歴史が作られたそうです。


「Web2.0だ! シンジケーションだ! 社会構造の変化だ!ロングテール理論だ!!」なんて、blog であたかも社会学者の如く説いている人も多いようですが、もっと、歴史や既存文化を、人類や生物の歴史とともに勉強するべきではないでしょうか。どんなに突っ張って、大河の流れ(濁流)に逆らっても、うまくいきません。急いては事を仕損じることもあるわけですから。(オヤジからの苦言と言われるでしょうが。)その場では「大きな出来事」と思っても、印刷革命後、産業革命後の世の中の変革に比べれば、ほんの一瞬の出来事ですし、消えてしまう可能性も大きい。経済の大循環周期には逆らえない、というのが私の考えです。まっつ、歴史は後世でのみ証明されますからなんともいえませんが。


そうした中、「重厚長大型」の代表とも考えられてきた中山素平氏の死というのは、日本経済の歴史の一章が締めくくられた、と私は感じております。

IT熱狂論者の方々には、ほとんど知られていないのではないか、と思われますが、「財界の鞍馬天狗」の異名を持つ一方、「日本株式会社の名参謀」として、日本経済の発展に尽力された最大の功労者の一人、ということができると思います。
その昔、私が大学時代に教授や様々なメディア、また友人との間でも、「興銀の中山素平」の話を交わすことが多かったような記憶があります。既にその時でさえ、一般的には”引退”の年齢に達していたにもかかわらず、その行動は「日本経済界の意向」とも思えるほど、アグレッシブでプレゼンスもありました。中山氏が深くかかわったアラビア石油設立、日産・プリンス合併、新日鉄の誕生、山一證券救済(昭和40年不況)、民営化NTTの人事等、歴史に残る大きな変革というのは、時には「権力・財力の乱用」と批判されても、「理想は大事だが、現実処理を優先する」という氏の言葉に象徴される実際の行動によって起こるのも確かだったし、それ故に今の日本経済があると思います。

重厚長大をバカにするなかれ。経済というのはITのみで成り立つわけではありません。「モノを作って消費する」のが経済循環の基本。モノがブツなのかそうでないかは大きな問題ではありません。ましてや利用方法の議論は「経済循環」における「加速機能」だけを論じているに過ぎないことが多いのでは、と思います。IT論者には、是非、氏の考え方を賛成・反対を唱える前に、知るべきなのでは、と思います。


とは言っても、ドラッカー氏95歳、中山素平氏99歳。ともに一世紀を生き抜いた、「20世紀の証人」が今年相次いで死去されたのは、本当の意味で歴史の一章が終了したんだという感を得たのでした。合掌。
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