離島振興
サトウキビと甜菜の生産性較差、は、どこで栽培するか、や、栽培の仕方でも違うのですが、ブラジルの主張によれば、「ブラジルのサトウキビからの砂糖のコストは $180/ton に対して、EU での甜菜からのコストは $710/ton」で、この較差は「植物体そのものの生産性」だけでなく、労賃 (EU とブラジルの賃金単価較差、だけでなく、甜菜は「丁寧に作る」作物であるのに対して、サトウキビは比較的粗放に育つ = 手がかからない、もあります) なんかも含んでいます。日本で考えると、甜菜は北海道、サトウキビは南西諸島 (沖縄県、鹿児島県) なんですが、日本ではむしろ甜菜の方がまだ Cost が安い、とされていて、現実に例の「国境調整金」配分の単価も、南西諸島の方がうんと高い。これは、南西諸島が (国際的に見れば) 必ずしも「サトウキビの適地」とは言えないこと、もありますが、離島での生産であることから、規模の問題や運賃の問題も大きい。まあ、いわゆる「離島振興」としてどうするか、で、あり、他の作物が「離島の農業」としてよりよく成立する、というものではありません。ここは辛いところで、農業政策とはちょっと違う側面から考えていかないと、議論にならない世界です。
日本の国内産糖は、百万トン以下で、世界 (全体で一億五千万トン規模) から見れば小さいんですが、EU は従来二千万トン超えた生産があり、ほぼ「域内自給」を達成していました。フランスやドイツは、EC 域内に輸出までしていたんですね。上記のブラジルの主張、の「素の生産費」から見れば競争力あるわけないのに、「域内自給」が達成されていたのは色んな調整金貼りまくりの成果でもあるのですが、さすがにご時世柄 WTO などでも問題にされて、せめて「国内」で閉じた調整は仕方ないとして、EU 全体での域外ブロックはやめようよ、の方向で、その影響もあって「国際糖価」は値上がり気味です。
ただ、甜菜農業、は、サトウキビのような「植民地型のモノカルチャ農業」と違って、「本国型の複合農業」の一環として組み入れられているので、単純に「コスト高くて、補助金貼りまくりだろ。そんなの止めろよ」と言われて、はいそうですか、とは言えない。例えば、ずーっと甜菜だけ作っている農地、というのはなくて、輪作作物の一つ、として栽培されているので、(場所によるが、馬鈴薯や小麦、豆などとの輪作) 甜菜駄目よ、と言われるとそこに穴があいてしまう。また、甜菜の絞りかすは、家畜の飼料として広く 利用されていて、甜菜の作付けが減ると、畜産業への影響も小さくありません。EU での生産費 $710 で、ブラジルの三倍以上だろ、は、単品で見ればそうかも知れないんですが、実は、畜産とか、他の輪作作物への効用も勘定に入れれば、また数字が変わってくるでしょう。「農業」だけ見てもそうだし、もっといえば農業は「国土利用」の根幹で、そこが大きく変わると、「国土保全」にも影響が出てくる。日本の「コメの生産」が、国際的に見てベラボウにコスト高いだろう、は、そうなんですが、じゃあコメを全面的にやめたらどうなるか。水田の「水の調整機能」は非常に大きいんで、それが失われると、洪水が頻発するのは避けられません。EU で甜菜止めるとどういう天災が起きるのか、とか駄洒落はさておき、その対策には大変な お金がかかる、という別のコスト計算でも、日本でのコメの生産、の意義を説明することは可能なんですが、旧 EU にせよ、日本にせよ、伝統的な中小自作農家があって、彼らが長年シコシコとやっている「土地利用」は、その地域の自然と密接に結びついているんで、そう簡単に大きく変えられるものではありません。
( 12 12 2006, 09:01:15 午前 JST ) Permalink
Singapore Botanical Garden
「植民地主義の時代」の Keyword というか、大きな動機、は、サトウキビに限りませんが、「熱帯性の植物からの産物」への欲求で、一番最初は、胡椒のような重量あたりの価格の高い、香辛料系、の「輸入ルートの開拓」 = 大航海時代ですが、それが、現地でのプランテーション経営、に発展して行く。ゴムしかり、コーヒーしかり、あるいは阿片もそうだったのかも知れませんが、その中でもサトウキビ、は最右翼の「熱帯産物」です。シンガポールには、市街の中心にほど近いところに、今でも 50ha を超える面積の立派な植物園があって、「うーん、さすが大英帝国だ。植民地にもこんな立派な文化施設を運営していたんだ」とか感心している人もいるんですが、何のことはない、植物園、は今の製造業で言えば、Pilot Plant みたいなもので、アマゾン流域から「盗みだしてきたゴムの種子」を、ここで選抜して、育苗して、海峡植民地に送り出すのような (正確には、「盗み出したゴムの種子」は最初は今のスリランカの植物園で栽培された)「植民地経済」の中核施設だったんですね。自国の各植民地に「植物園ネットワーク」を展開して、植民地経済の起点にした大英帝国は偉かった、には、まあ異議ありませんが...
サトウキビの現在の栽培種は、ニューギニアあたりが原産、と言われています。ブラジルのサトウキビ栽培も歴史が長いのですが、なんと言っても「衰退植民地王国」ポルトガルの比較的穏和な植民地だし、独立も早かったから、西インド諸島でのアフリカからの奴隷労働力の大量導入による大プランテーション、という やりたい放題の「植民地経営」と比較すると、消費地までの距離の問題もありますが、優勢、とまではいかなかった。それがよかった、と言いますか、「製糖工場主と工場周辺の契約農民」みたいな関係は、どっちが優位とかはあるにしてもいわば一般的な「持ちつ持たれつ」の関係であり、Flexible なのに対して、 「やりたい放題の奴隷農場システム」は、その強制力である「植民地帝国」が崩壊すると、同時に「生産システム」まで崩壊してしまいます。不自然なモノカルチャー農業、は、一旦崩壊すると土地も荒れるし、なかなか再建も難しい。気候条件としては、特に気温では、優位とは言えないブラジルですが、製糖工場資本が「製糖 = バイオマスエタノール資本」にうまく成長したし、「製造業」の原料確保、という意味では、降雨量がコンスタントにあって、(冬場には糖度は落ちるのですが) 周年栽培が可能、は大きなメリットでもありますから、ブラジルのバイオマスエタノールの(少なくとも当面の) 優位の背景、を構成しています。
一方の砂糖原料の雄である甜菜は、面白いことに「反植民地的起源」と言いますが、今の甜菜とは比較にならないほど糖度の低いものが、野菜として栽培されていて、それの改良種、が今の甜菜なのですが、品種改良が進むきっかけになったのはナポレオン戦争の大陸封鎖で、植民地からの (サトウキビ起源の) 砂糖が入ってこなくなったから、と言われています。「パンがなければお菓子を食べれば」のマリー・アントワネットの姪を皇后にしたので、やっぱりお砂糖がないのは困るから、なのかどうかは知りませんが、十九世紀半ばには、「甜菜からの製糖工業」がヨーロッパ大陸で確立し、その後も「戦争」が断続的する中で、甜菜の糖度を高める品種改良が進みます。
( 12 11 2006, 09:00:51 午前 JST ) Permalink
Biomas Ethanol @Brazil
百円と二百五十円のお砂糖が、人為的に同じ百五十円で売られている、は、ヒドイといえばヒドイ話なのですが、まあ「農産物の貿易」ではそんなに突飛な話ではありません。(お砂糖でちょっと極端なのは、やはり「嗜好品」だから、もあるんでしょうね。やはり「嗜好品」であるタバコやお酒の税金、と、共通点があって、それが主として一般財源に充てられるか、国産農家保護に充てられるかの違い、と見ることも出来ると思いますが) しかし「砂糖原料の輸出国」にしてみれば、折角「お日様の恵み」もあって生産性が高い、が、逆に国際 (輸出) 糖価は一向に上がらない要因でもある。相場にもよりますが、「(相対的に) 安い生産費」でもさすがに Pay しない水準、は珍しいことではなく、輸出国でも、逆国境調整、とでも言いますか、「国内消費される砂糖には課税して、その分を輸出補助金として付ける」で、砂糖農業を保護したり、も起きる。輸入国でも輸出国でも補助金漬け、では、「国際糖価」は、なかなか上がりようがない、それなら、エタノール生産に回してしまえ (これも、特に初期には「補助金」付けないと、エタノール生産に必要な投資が賄えない、もあるのですが、輸出補助金のような「泥沼」ではなく、うまくいけば「一過性」) は、Reasonable です。
「農業対策」や National Security 対策、でもあった (というか、それが多分メインだった) ブラジルでのサトウキビからのバイオマスエタノール、ですが、ここまでは結構「茨の道」で、ようやく日の目を... が正確なところでしょうか。75年から Start した、ブラジルのバイオマスエタノールは、80年代前半まで、「ガソリンに混ぜる」では間に合わない、100% エタノールに近い燃料でも立派に走る車、を投入しないと、こなせない生産量に達します。ここまでは「順調」だったのですが、「混ぜるでは間に合わない」がネックで、そこを解消するために、ブラジル政府は80年代中頃には、「新車は 100% エタノール (専用) 車で」を強力に進めま す。(当時は、エンジン = 燃焼技術の問題、というより、エタノールの無水化が困難だったから、「水対策」としての専用エンジン、の意味が大きかった) 当時の原油価格の水準は、100% エタノールが「割安」とまでは言えないにしても、そろそろ引き合いそうな水準、に対して、糖価の低迷が酷かったので、その方向に行ったわけですが、それが、80年代後半に、原油価格は半値になる、糖価は持ち直す、の「大逆転」が起きます。それでも「ガソリンでは走れない車」を鳴り物入りで進めた以上、バイオマスエタノールは供給 を続けさせざるを得ない。大変な持ち出し、になるし、今度は「新車はガソリンメインのエンジンで」に戻す、とかドタバタでした。そこから、エタノールの無水化技術や Flex 燃料 (100% エタノールでも、ガソリンメインでも、どちらでも走る) 車の普及があり、原油価格は回復して、もうそう簡単には $40/b 以下、にはなりそうもない。そろそろ、盤石、でしょうか。
「茨の道」を反映して、90年代中頃までは、ブラジルの「砂糖 & エタノール政策」は、厳重な国家統制と、バイオマスアルコール燃料の独占権を与えられた Petrobras = 名前の通りの国営石油会社の負担、を含めた、重い国家財政負担に支えられてきました。しかし、それ以降、生産割当制度も廃止されて、保証価格制度もなくなり、Petrobras への独占権も撤回されて、「バイオマスエタノール」は、今では「普通の Business」として回っている。これは、今まで注ぎ込んだ投資、の効果でもあるし、ブラジルのサトウキビ生産の「恵まれた条件」大きな要因ですから、正確には「ブラジル一国的に成り立っている」に過ぎないんですが、ブラジルでの成功、と、原油価格の高騰、で、バイオマスエタノールには注目が集まっています。
( 12 08 2006, 08:59:47 午前 JST ) Permalink
国境調整
もう一つの「人造石油」は、植物起源の、バイオマス燃料です。主力は、砂糖や澱粉の発酵による「バイオマスエタノール」であり、これはガソリン代替 (100% エタノール、や、100% ではなくてもエタノール主体のもの、と、5% なり 10% なり、日本では 3% とか言っていますが、エタノールを「混ぜる」という程度のモノ、がありますが) です。その他に、大豆油などの植物油を変成してディーゼル油に加える、も進められています。
植物起源の「人造石油」も、二次大戦期の日本の「松根油」のように、今となってはマンガ、も含めて、戦争遂行のための技術、という側面もあって、例えば砂糖のアセトン = ブタノール発酵、は、一次大戦期の爆薬の溶剤のための技術だったのが、割に長く工業的にも使われていたりしましたが、バイオマスエタノールのテクノロジーは、根っ子のところは、有史以前からある「お酒の醸造」ですから、いわば「人類最古のテクノロジー」ですね。バイオマスエタノールを自動車燃料に、の先進国は、ブラジルで、ブラジルでは、73年の石油ショックの直後から、国を挙げて積極的に取り組んできました。当時のブラジルは、国内に殆ど石油産出がなくて (現在は、海底油田の開発が進んでほぼ自給可能。これも価格効果、ですね) やはり National Security が大きな動機です。ただ、もう一つ「大きな動機」と考えられるモノとして、元来、砂糖の「大輸出国」であったブラジルが、先進国での砂糖消費の停滞から来る、糖価の下落に悩んでいて、一種の「農業政策」としての「砂糖の需要開拓」の意味もあった、は否めません。農産物の価格、は、別に砂糖に限らず、何でもではありますが、各国の農業政策によって「歪められている」。これも広義の National Security Matter ではあるし、特に旧 EU や日本では「地域振興」の問題もあるし、もっと下世話には、農業従事者の「票」というか選挙対策、もありますから、それをキレイに分解する、は、難しいのですが、砂糖の価格、は中でもその歪みの大きい世界です。砂糖、というか、「甘み」への嗜好は、食の多様化が進むと減退してくるものですし、特に最近のように「健康ブーム」とかあると、目の敵にされる面もあって、かつてのような「花形」であることを喪失しているのですが、やはり「かつての花形商品」という伝統、もあって、それぞれの国の「産地」でも重要作物、ですから、各国とも「自給政策」をなかなか放棄できない。砂糖の原料、は、熱帯地方のサトウキビと温帯地方の甜菜 (砂糖大根) ですが、いわゆる「南北問題」でいうと、主として甜菜からの砂糖の生産を行っている「北側諸国」の利害 (南側の適地でのサトウキビの「植物としての生産性」が高い) は一致していますから、「保護政策」で結束する。需要が伸びない、もありますが、そこが「貿易 Item としての糖価」の低迷の根源です。
各国での「砂糖原料農業」への保護措置は、砂糖原料農家への「補助金」と、いわゆる「国境調整」で行われるんですが、これがなかなか強烈、というか... 我が国、は、完全な自給、ではなく、Total の国内の砂糖需要 230万トン前後 (最近は 220万トン、に近い) に対して、国内原料 95万トン、程度の「部分自給」が政策です。国境調整、というと北方四島帰ってくるならいいんですが、この場合は、輸入の原糖に高額の税金を掛けて、それを原資に、国産糖に「価格調整金」を支払うシステムなので、「原資」を稼がないといけませんから、過半量が「輸入」であるのは仕方がないんですね。さて、これらを束ねるいわゆる「砂糖勘定」の平成 16年度決算 (17年度分、は、こういうまとまった形になっていないので 16年度分を引用) を見ると、「国内産糖交付金」の額は、968億円、で、これを「国内産糖」の数量で割ると、KG あたりほぼ百円、ですね。さすがにその分を全額輸入原糖への課税でまかなえているか、というと、そうではなくて、その 部分は 560億円、これは、輸入原糖起源の精糖の数量で割ると、KG あたり五十円、に相当します。(差額は、一種の隠れ財政赤字、なのかも知れませんが「砂糖勘定」の繰越損失に算入) 分かりやすく言ってしまえば、例えばスーパーさんの目玉商品、なら 1KG の小袋で 150円のお砂糖、は、国産糖が原料なら、実質 250円、輸入糖が原料なら実質 100円、それを「国境調整」で、同じ 150円で売っている、が、姿です。
( 12 07 2006, 09:22:08 午前 JST ) Permalink
Gas To Liquid
「石炭液化」や、石炭以外の未利用 (あるいは利用度の低い) 炭化水素資源、Oil Sand や油母頁岩、Orinoco Heavy の利用 (それも「軽質油への分解」の形での利用) のネックの一つだった「価格の壁」は、$60/b だ $80/b だ、という話になると、かなりハードルが低くなります。石炭液化のテクノロジーは、80年代にかなり Study が進んで、パイロットプラントレベルでは、そこそこ引き合いそうな成果が出ているんですが、その後原油価格が低迷した時期があって、実用・大型プラント、というところへは進みませんでした。今なら「かなり行けそう」は、間違いないんですが、それでも「実用かつ大規模」となると、パイロットプラントで順調に運転できたからと言って必ず、というものではないし、投資規模も随分大きくなりますから、おいそれとは行かない。宇部興産さんが「石炭ガス化プロセス」に出られたのは、もともとの原点が、あの地区で石炭掘っていた企業、ですから、ある種の「思い入れ」も後押ししているし、ケミカル原料であれば、投資規模的にもそんなに大きなものにはならない。当時宇部興産の方に伺ったんですが「確かに大きな Risk だけど、結局動かない、という最悪の Case でも、興産の持っているゴルフ場子会社を売却すれば、チャラになる。別にそういう計算で投資規模決めたという訳ではないが、投資する踏ん切り付けるのに、背中を押した、はあるかも」と言って居られました。技術的には順調に稼働して、ただ、その後原油価格が低落したので、「思ったほど儲からなかった」はあるでしょうが、そのご決断に「ゴルフ場バブル」めいたものが、後押しした、は、まあバブルも何の効用もなかったわけではないですね。
しかし、「大規模な、文字通りの石炭液化」となると、お金のケタも Risk の大きさも、想像を絶する。SASOL のような、差し迫った National Security という、いわばお金に換算できない動機、でもないと、採算的なハードルが低くなった、は事実としても、純経済的な Feasibility で Own Risk で出ますか、は、難しい。日本に大きな露天掘りの炭田でもあれば、やっているんだと思いますが、そうではないし、採掘コストの安そうな炭田のある国には、お金やテクノロジーが乏しいか、そんな Risk 取らなくても、何とかなるような資源的な余裕がある。なかなか、すぐには実現しない (やる、と決めてから動くまで、だって五年はかかるでしょうし) は致し方ないところです。
技術的な Risk が小さく、投資規模もそれほどでもない「人造石油」としては GTL = Gas To Liquid があります。天然ガスからの軽質油製造、は、天然ガスそのものを利用するには、産地で天然ガスを超低温液化して、それを高価な LNG 船で消費地に運んで、消費地でも受け入れ設備に投資が必要で、という輸送・貯蔵面での Cost 部分が、産地で軽質油に加工すれば、うんと軽減されるところが有利です。昨年、 日揮さんが受注されたカタールの GTL プラント (Shell さんの事業) は、その本格的で大規模な実施 (第一期で 14万b/d = 日本の石油需要の 3% 弱相当) ですが、中東での天然ガスのケミカルへの利用 (例えばメタノールの製造) での Cost から類推すれば、カタール GTL の採算点は Arabian Light $40/b 前後、とかあるいはもっと下ではないか、と考えられ、計画の始まった頃は「ギリギリの採算」だったとしても、今となっては確実に儲かる事業でしょうね。GTL の原料である「天然ガス」は、今でも旺盛な需要があり、かつ (石炭や Oil Sand だって無尽蔵という訳ではありませんが) 世界的に見ればより「有限性」の高い資源ですから、GTL が石油代替を果たせるほどの供給余力があるかというと Negative ですが、「人造石油」が、少なくとも Cost 面では、十分「天然石油」を代替するところまで来ている有力な 例証です。
( 12 06 2006, 08:55:43 午前 JST ) Permalink
It's Good to Be Chairman
本日、先月ちょっとご紹介した東京大学での弊社会長スコット・マクニーリの「講演会」を覗きに行って来ました。会場は工学部の「新二号館」と案内されていて、「新二号館」って何だろう、にも、ちょっと興味があったんですが、従来の「工学部二号館」の安田講堂に面したファサード部分を残して (あの辺りの「クラシックな景観」- いわゆる「内田ゴシック」を維持する為なんでしょうね) 裏側に「新二号館」があるのですが、その高層部分が (旧) 二号館に覆いかぶさるような形で張り出している、不思議な建物です。質感がないので、ちょっと Image が湧きにくいと思いますが、模型のページをご紹介しておきます。
講演会場は、300席近い講義室だったんですが、満席の上に壁際にもびっしり詰めて頂く盛況で、御礼申し上げます。(小宮山先生に「本来安田講堂なんだけど、丁度学会とかち合って」とご挨拶頂いたんですが、ありがたいことにそれほど違和感がありませんでした) 電気・情報系の話題、にしては、女性 Audience が多いですね、をお知り合いに申し上げたら、通訳なし、だと、女性の割合が増える、なんておっしゃってましたけど、通訳なしでも、笑いが頂きたいところで、ちゃんと頂けるのは「さすがは東大」として、笑い声には、頭数の Ratio より女声が優勢だったかも知れません。お話させて頂いた内容は、Sun の人間にとっては「お馴染み」で、標題にした、「CEO は四六時中、四方八方からタマが飛んでくる。その点、Chaiman 専任はいいよ。Golf したり、こうやって古くからのお客さんでお話させてもらったり」と、場所柄もあるんでしょうが「オレはダサめの Business School 系だけど、仲間の Andy や Bill Joy は皆さんの世界で Academician としてもきっと大成した人間だ。その彼らを Business の世界に引き込んでしまったんだけど、彼らにとっても自分の Concept が実現していくのは楽しかっただろうし、Andy も Bill Joy もSmart で本当にいいヤツだから、自分も一緒に頑張って来られたんだよ。皆さんも是非」くらいが新味なのですが、さて学生諸君には、どう受け取っていただいたでしょうか。席上でスコットも申し上げたように、東京大学は Sun の日本での最初のお客様であり、その後も、新しい製品の Kick Off User というか、例えば Sun の初めての「大型サーバ」である E10000 は、発表の半年以上前から、Test User として使って頂いたり、で、随分お世話になっています。多少でもお役に立てていたら、嬉しいんですけど。
( 12 05 2006, 09:11:28 午後 JST ) Permalink Comments [1]
SASOL
自分は、モノが値上がりする時には、「なぜ上がるか」の理由はいくらでも付けられる、付けられた理由のそれぞれが Reasonable か、ただの後付けなのか、は色々あるとしても、それが「価格」というものだし、それが天産品の「相場」であれば、ますますそうだろう、と思っています。これは可逆的で、下がるときは、手のひらを返したように、「なぜ下がるか」も湧いてくる、そんなもんだ、と... だから、中国・インド論、も、なかなか有力な見方とは思いますが、それは今日明日の値動き、としては (心理的な要因として勿論ありますが) 違う世界です。自分が「今回は違う」と思っているのは、$60/b なり、$80/b ならもっとですが、この価格水準と、それが「そう簡単には崩れそうもない」となった場合の「影響」が、思わぬところで出てくるかも知れない、です。
今までの、原油の価格が上がる、の影響としての「石油代替エネルギー」の主流は「石油そのものの代替」ではなく、例えば工場の熱源が石油から石炭に代わる、や、石油火力が LNG 火力や原子力発電に、のような、エネルギー転換、でした。石油ならでは、のところを代替する、例えば大戦期のドイツや日本で Try されたような、「人造石油」のアプローチは、稀薄だった。商業的に行われたものとしては、南ア連邦の SASOL (国営の石炭・ガス公社) による、石炭の間接液化プラントだけで、これは Technology としては、大戦中のドイツのフィシャートロプシュ合成のそのままの適用です。当時の南アはアパルトヘイト政策への制裁措置としての石油禁輸を受けており、経済性もさることながら、大戦期同様の「安全保障」上の必要からのプラントで、南アは内陸に豊富な石炭資源があって、その「炭田」に隣接して立地 (炭価としては、輸送コスト分安く入手できる) している優位性があるので、「Running Cost としては Pay している、正確には (原油の相場にもよるので) Pay している期間の方が長い」と SASOL の人が胸張ってました。じゃあ、設備投資の償却や技術開発費まで入れるとどうなの、と尋ねたら、聞かなくても分かるだろう、みたいにニヤッとして、「そりゃ、Arabian Light が $50/b でも無理」と。それも、産炭地の隣だから成立する話で、日本じゃもっと無理かなぁ、には 「必ずしもそうではない。F/T 法でやったのは、それが唯一マトモに動いたことのある実用プラントだから、だが、もっと効率的なやり方はいくらでもありそう。その効率的なやり方、で、果たして大規模実用プラントで、マトモに長期連続運転できるのか、がポイントだけど、日本ならデキルかも知れない。それでも Arabian Light $50/b で、償却込みで Pay する、は、ハードル高いだろうけど不可能とは思わない」でした。宇部興産さんのテキサコ法石炭ガス化のプラント (ケミカル原料の石油から石炭への転換で「人造石油」そのものではありませんが応用可能) が動き出した頃、で、「あれはなかなか」を話した記憶ですから、80年代中頃、で、当時の原油価格は $40/b 位だったか、と思います。その直後に大幅に下落して $50/b は「夢の話」になってしまいましたが)
実際問題として、日本での「石炭液化」は、地場に炭田のある南アと違って、原油価格が上がれば日本の輸入炭価もライムラグや幅の問題はありますが、趨勢的に影響を受ける。その後のインフレもありますから、今 $60/b なら出来るか、は微妙でしょうが、それより大きな問題は、南ア程度の石油需要なら、「石炭液化」で代替、は不可能ではないにしても、日本の石油需要を代替しよう、とすれば、必要な石炭の量は半端ではなくて、それをどう確保するの、その場合の炭価は、と考えると、なかなか難しい。(例えば、一日 10万トンの石炭を処理する石炭液化プラント、を考えると、年間 35百万トン、が所要。日本の一般炭の輸入量は年間一億トン弱で、世界の一般炭貿易量の 20% 相当、ですから、35百万トンは、まあ何とかならないこともない量、かも知れません。しかし、得率をどう見るか、はありますが、かなりの効率、を見込んでも、日本の石油需要の 5%を賄える程度ではないか。粗放な計算なので、あくまで、感じ、ですが) 当時、Sasol の人が言っていたのは、「万一、日本が全面的に石炭液化に切り替えたら、それは世界の原油市場に大きな影響 (大幅値下がり)をもたらすから、結果として、石炭液化は Pay しない」で、日本としては、石炭液化の技術開発マジメにやってれば、それを実際に稼働するかどうかは別として、原油価格の高騰の歯止めになる、その辺が正解じゃないの、でしたが、うなずけるところがあります。
( 12 05 2006, 09:03:56 午前 JST ) Permalink
Growth of BRICs
WTI の価格動向は、米国の石油製品需給 (特に Motor Gasoline の需給) に大きく引っ張られる性格があります。米国のガソリン需要は、勿論通勤用やお買い物用の「日常の足」がベースですが、そのピークは "Driving Season" である、大体 Easter Vacation から Labor Day まで、で、Driving Season が「WTI の高値の時期」でもあります。そこでのガソリンの在庫水準によって、上がり始める時期、や下がり始める時期、は、違ってくるし、どの位上がる、下がるも、異なるのですが、「九月頃から下がる」はまあほぼ「例年のパターン」です。(今年の場合は、Driving Season の上がり方、が非常に Sharp だったので、下がり方も Sharp だった、は、例年と異なりますが) そろそろ寒くなるころ、に上がるのは、主に暖房油を石油系に負っている部分の大きいヨーロッパの動向、が利いてきます。Drive の方は、ガソリン価格が上がると、多少控えようか、で需要にも影響を与えるんですが、本当に寒くなってしまうと、「暖房を控えようか」という訳にはいかない。ですので、「天候要因」による変動は、むしろ冬場の方が顕著で、寒ければ高い、余り寒くならない年は安い、という傾向があります。夏場に相場が高いと、暖房油の在庫水準が上がりませんから、冬場ちょっと寒いと途端に値上がり、とか、微妙な部分もあり、今年は、その Risk の高い年、ではあります。
Marker Crude の値動き、は、直近の限月の先物の価格 (今であれば来年一月受渡、ただし決済は通常前月の 20日過ぎまで) で代表されますから、値動きも激しいし、まあ「市場参加者」以外が一喜一憂するようなものでは、必ずしもありません。勿論、Marker Crude が上がる、は、「売り手市場」であり、例えば本来の売り手である産油国側 (市場での売り手、では必ずしもない。WTI の「現物市場」 = 実際の産油高は、先物市場の取引規模と比較すると、比較にならない位小さい) は、何とかその「上がった相場」を維持しようとして下がってくれば生産を絞る、は通例でそれも、多少絞っただけで、高値を経験した市場は敏感に反応するので、目的を達しやすい。「高値圏でのもみ合いがしばらく持続する」は、よくある姿です。ただ、過去のパターンだと、「$80/b は素っ高値としても $60 台は固めたな」という雰囲気が出てくると、石油以外の代替エネルギーへの転換や、更なる省エネルギーへの投資、が出てくるし、今まで採算の問題で開発が進んでいなかった油田の開発意欲が高まる、がスグではないが利いて来るがあるので、高値が更に高値を呼ぶ、には、限界がありました。原油価格の高騰を食い止めるためには、なにが必要か、の答えは「原油価格の高騰」だ は、逆説的ですが、その通りだった面があります。
今回はちょっと違うよ、が言われるのも、これも「いつものこと」なんですが、直近で「今回は違うよ」は、中国やインドのような裾野の大きい国での石油需要の増加が、世界の需給逼迫を牽引していて、論です。これは長期的には確かにそうで、第一次石油ショックの 73年の世界の石油消費 56.4百万b/d に対して、米加欧日の消費は 47百万b/d と、83% を占めていたのが、05年の世界の石油消費 82.5百万b/d の内、米加欧日の消費は 48.6百万b/d と 59% を占めるに過ぎない。言い方を変えると、石油の供給は価格効果に よって 26百万b/d 増加した、しかし、米加欧日の消費は、価格効果による石油原単位の低下で、1.6百万b/d 増と殆ど横ばいだった、しかし、増加した石油供給は米加欧日以外の国の経済成長 (に伴う石油需要の増加) でその殆どが (90% 以上) 喰われている、であり、米加欧日の石油原単位の低下、は限界がある、しかし、中国やインドの経済成長はとどまる気配を見せないから需給逼迫は今後ますます強まる、論です。相場、は雰囲気で大きく動くものですし、「中国やインドの経済成長」は、広がった「市場参加者」の間では絶対に近い Keyword ですから、相場を動かす要素、としては強力であり、73年以来あんまり傾向は変わらないんだけどね、よりも説得力があることは事実でしょう。
( 12 04 2006, 08:56:13 午前 JST ) Permalink
West Texas Intermediate
原油の価格、が、この夏には一時的には WTI で $80/バーレルを超える、という空前の高値を付けた後、秋口からは落ち着いて、$60 出たり入ったりだったんですが、このところちょっと強い動き、で News にもなっていますね。WTI は Marker Crude という言い方をしますが、山ほどある「原油の種類 (油種)」の中で、価格の動きが全体の指標になる油種の一つで、もともとはいわゆる「仲間取引」での指標、の意味だったのが、ニューヨークマーカンタイル取引所 (NYMEX) に先物が上場されて、活発に取引が行われていますので、「世界の原油価格の動向」の最大の指標、になっています。他の Marker Crude としては、ヨーロッパの指標である Brent (北海油田) と、中東原油の指標である Dubai (アラブ首長国連邦) がありますが、最大の需要国である米国の指標であり、「業界」の外の一般投資家の参入度も高く「取引量」の大きい WTI が最大の注目、を、という意味です。
WTI は標題にも書いたように、West Texas Intermediate の略称です。色々な原油、を分類する基準は主に三つで、一つは比重ですね。Arabian Light とか Iranian Heavy とか、言いますが、比重の小さいものが Light / 大きいものが Heavy です。Arabian Light のように前に産地の名前がついていますが、各産地によって、Light や Heavy の基準は微妙に違います。サウジ産とイラン産、にはそんなに大きな差はありませんが、ベネズェラの Orinoco Heavy とかは、大変な重質油で、普通の概念で言う「原油」とはちょっと違ったものです。Arabian Light は、産出量も多いので「軽質油」の代表のように扱われる場合もありますが、意味としては「サウジ産の原油の軽い方」ですね。
一つは、硫黄 (S) の含有量で、少ない原油を Sweat / 多い原油を Sour と言います。燃焼した時に S の多い油は酸性ガスである亜硫酸ガスなどを出しますので、そこから Sour であり、その反対語としての Sweat ですね。世界の原油、でいえば、S 分 1% 未満なら立派な「低硫黄原油」なんですが、米国本土の原油は低硫黄のものが多く、WTI の Intermediate は「Sour と Sweat の中 間」の意味の Intermediate とはいえ、それはテキサスでは中間、でも、世界的に見ればピカピカの「低硫黄原油」です。(比重で、Light と Heavy の中間、は、Medium と呼びます)
もう一つは、原油を構成する炭化水素が直鎖のものが多い (パラフィン基原油)か、環状のものが多い (ナフテン基原油) か、の区別です。
原油の性質は、目的物である「石油製品」がどれだけ採れるか、に大きな影響を与えます。「石油製品」の中でも、アイテムとしても最大で、また他で簡単には代替の利かない「自動車用ガソリン」がどれだけ採れるか、採りやすいか、が、大きな Point で、特に米国では、石油製品 = Motor Gasoline みたいなものですから、ほとんどそこが全て、です。ガソリン生産には、比重が軽くて、硫黄含有量が低くて、パラフィンよりナフテン寄り、の原油が最適で、WTI はそれにぴったり (WTI は比重でいえば、Arabian xx との比較では、Arabian Light より軽い "Extra Light" 並か、それよりも軽い = 軽質溜分であるガソリン製造向き) Meet しています。重くて、S 分が多い原油、も改質や分解のプロセスを通すことで、ガソリンに「加工」することが出来ますが、「加工設備」に大きな投資が要るし、加工ロスも小さくありません。米国では、大型の分解装置を持った高度な精油所もいっぱいありますが、中規模以下の精油所も少なくないし、そういうところで、「ガソリンが欲しい」となれば、WTI (ないしは、WTI と油状の似た原油)を引っ張ってくるしかありません。
( 12 01 2006, 09:04:49 午前 JST ) Permalink
Digital Hub in Living Room
Apple さんの "Intel Mac" が、Dell さんを Inspire して、これから Dellさんは「流通 Model の Dell」にとどまらず、「Technology の Dell」でもあろうとされているのではないか、は、賛成が得られなかった、というか、「まあ "Technology の Dell" の程度にもよるよね」がお知り合いの大勢でした。ただ Consumer なり Commodity なり、何となく "Technology" じゃないよ、に見えつつあった世界で、徹底的に Technology にこだわって来られた Apple さんが、iPod というモロの Consumer / Commodity で大成功、は、この世界の、「Dell Model 的な世界観」を、そうばかりではあるまい、と見直す大きな契機になったことは確かだなぁ、は、皆さんにもあって、Dell さんが自分も例外であってはならない、と考えておられるとすれば、それは (だから AMD inside か、は別として) 賢明なんでしょうね、でした。
IBM さんが PC 事業を Lenovo さんに譲渡、から二年、ですが、これは Dell さんというか、Dell Model の Great な勝利、を象徴するものだった、と考えています。かつて、PC という言葉は、「代名詞」ではなく、そのまま "IBM PC" を意味した (主に、Apple か PC か、という使われ方) し、現在の PC だって、IBM PC/AT を原型にしている訳で、Big Blue の中では、いささか異端ではあるかも知れないんですが、「PC の世界」での元祖は IBM さんで、「PC だって Big Blue が作ったんですよ (世間の PC はその Copy がモトなんですよ)」と言えるだけでも値打ちがあったハズです。そこから「撤退」されるのは、余程のご決断というか、要は PC が事業としてどうしても間尺に合わない。それは、 Technology を Redmond と Santa Clara に握られてしまって、折角の Big Blue の Technology 的な Potential を発揮しようがなくて、じゃあそんなものにこだわっていても仕方がない、も、大きいでしょうが、Dell さんが発揮される「価格での Leadership」に追随できる Model は、IBM には (というか、"Big Blue" だからこそ) 存在し得ない、それなら、が、ご決断だった、ということなのでしょう。おおげさに言えば、どんな分野にもせよ「歴史上」Big Blue に退場を決断させた、なんてことは、空前にして、まあ近い将来には絶後、だろうと思いますが、その「勝利」は、逆に言えば、そこが「従来の Dell Model」の一つの頂点だったのかも知れなくて、何らかの意味で「違う Dell」の「従来の Dell Model」の上への構築、が必要なのではないか、と。
そこで対置されるのが、あくまでも IBM PC や Redmond と Santa Clara の PC に背を向けて、HW でも SW でも、独自の、と言うか、「自分が良いと思うモノ」「自分が使いたいと思うモノ」を追求されて 来られた Apple さん、だと思います。Apple さんの「大成功」は、今のところは Mac じゃなくて iPod なのですが、こういう、従来は日本の電機屋さんの独壇場だったところに、ガーンと出て、それがデバイスの世界まで含めて、今までの地図、を塗り替えてしまう。それは Technology にコダワリ続けてきた Apple さんならでは、ですが、その「Technology へのコダワリ」は、従来の Technology そのものへのコダワリ、ではない、iPod にしても Intel Mac にしても、例えば「自分で設計した ASIC」でカタメる、のようなコダワリとは変わってきている。どちらかというと「自分が良いと思うモノ」よりも、「自分が使いたいと思うモノ」寄りのスタンス、でしょうかね。MP3 Player を「家電」だと考えると、「家電」だって勿論 Technology なのですが、iPod のような「ワクワク感」で訴求する、は、十分ではなかったかも知れない。Jobs 先生は、「次は iTV だ、Apple が今まで手が届かなかった Living Room に進出 するんだ」と言って居られて、これはひょっとすると、今までの「デジタル家電」が、どうしても家電から IT を見ていた、なのが、逆転することで新しい何かを生み出すことが出来るんじゃないか、を、期待させるものがあります。それが、家電、なり、Dell Model の PC なりの、「良くできているし、安い」は素晴らしいことなのですが、でも、それほどワクワクしない、を、やっぱり Technology って面白い、に雰囲気を変えて頂ける契機、になると、良いんですがね。無理矢理、ここまでの話に関連付けようとしているようですが、理科系離れや電気系離れどうする、は、一つには、「やっぱり Technology って面白い」が、業界にも、茶の間にも、が、重要な要素、でもありますし。
( 11 30 2006, 08:57:19 午前 JST ) Permalink Comments [1]
Market Capital of Canon Inc.
オランダのフィリップス社が、とうとう半導体事業から撤退されて、欧米の真空管時代からの半導体メーカーは、姿を消してしまいました。(軍用管やっていたところが、今でも特定用途の半導体を、はあるかも知れません。日本でも日本無線さんのような Consumer 系の受信管よりも、発信管で強かったところが、半導体でもアナログ系でご活躍、とかありますから... Reytheon あたりは今でも自家用には作っているような気もします) その点、日本では日本では、真空管の双璧だった東芝さんでは半導体は今も主力事業だし、日本電気さんも子会社化されたとはいえ大きな事業です。真空管でフィリップスさんと関係の深かった松下さんでも、 Captive 主体とはいえ、半導体事業健在、だし、大雑把に言って、日本の半導体産業の半分は、「真空管時代からの伝統」を誇っています。
これは Old Boy 的には、心強い、なんですが、「真空管時代からの」に限らず、そういう「伝統」みたいなものが、若い人から見たイメージ、というか、電気系は重そう、とか、息苦しそう、に微妙に繋がっているんじゃないか、という意見もありますね。東証の「売買ポスト」は、そこに場立ちさんが居て、という本来の「ポスト」の意味を失っているんですが、「電機ポスト」の銘柄で時価総額最大は、キヤノンさんであることは、ご承知の通りです。キヤノンさんは、取引コードの 7751 で分かるように、元来は「伝統」の社業である光学機器のポスト (精密機械) に居られたんですが、オフィス用のイメージング機器やコンピュータの周辺機器のような、「電気系」の事業が大きくなって、電機ポストに移られたんだと記憶しています。勿論今でも「伝統」のカメラやステッパのような光学機器も、売上の 1/3 を占めて居られて、むしろ最近は「伝統」部門の方が売上の伸びが大きいし、「電気系」の事業もキヤノンさんの「伝統」である光学やイメージング、精密機械とうまく結びついているところが強みですから、「伝統」そのものがいけない、では、全くなくて、むしろ逆にそれを新しいチャレンジの中にどう活かしていくか、なんですが、それは容易であろうはずもありません。
逆に言えば、伝統、には Positive な側面が一杯あって、特に「電機系企業」には、それが豊富で、何もかもが「新しいチャレンジ」のネタとして十分に見える、という辺りが、見通しを難しくしている、はあるのかも知れませんね。その企業の「伝統」の部分の多くが、どうもそのままでは先々展望が乏しい、と思ってしまえば、そこから脱皮するための、「伝統 plus Alpha」に集中的な 投資、がしやすい。伝統の延長線上に、それぞれバラ色に見えなくはない未来、があると、集中、という訳には必ずしも行きにくい。しかし、バラ色に見えなくはない未来、だけに、競争も激しいから、「バラ色」を獲得しようとすると集中は不可避だし、集中すればそれで「バラ色」が獲得できるとは限らない、そこはジレンマです。東芝さんとか、「一点集中」ではないまでも、明らかに今までと は違った生半可ではない「集中」に舵を取っておられるし、これから業界全体でその傾向がもっと強まらざるを得ない、と思います。
( 11 29 2006, 09:03:42 午前 JST ) Permalink
壊れかけの Radio
実験、は、時間が拘束されるのは大変だけど、まあ授業よりは楽しいんじゃないか、という人も昔は多かった。ノーベル物理学賞の小柴先生も学生時代、授業の物理学の成績はもう一つだったけど、物理学実験は楽しそうにやっていてそこが評価されて大学に残ることになった、と、ご謙遜もあるでしょうが、述べて居られました。2,007年問題世代、は、「ラジオ少年」全盛時代に「少年」だっ た方々ですから、並四や五球スーパーや、といった「真空管ラジオ」を幼児体験で触っていて、「電気」にも強い (物理的にも、ラジオに通っている電気位は、裸で触ってもどうってことない、とかも含めて) から、電気系に進学しても、実験は好きでやってます、があったのだろう、と思います。自分の時代は、もうソロソロ何石と称するトランジスタラジオの時代で、真空管派、は「都会」では Audio 系とかお金持ちのご子弟のマニアックな世界、になりつつあったんですが、「地方」では、まだまだラジオ少年健在で、帰省すると修理を頼まれるから、と真空管の出物漁ってたりしてました。実験、になると、もうそういう「もとラジオ少年」の独壇場で、「成績良かったから」電気系に進学したような都会っ子は顔色なし、でしたね。
真空管の時代は、ラジオ少年の工作、にしても、調子の悪くなったラジオの修繕にしても、テスタ一個あれば、まあ何とかなる。それも、「実験」精神の涵養には大きかったと思います。そういうラジオ少年上がり、は、テレビでも大抵の故障はテスタで何とかなる、オシロスコープ使わないと、は腕が悪い、みたいな顔してましたね。さすがにカラーテレビになると、そうも行かなくなったのか な。それでも昔の東芝さんのテレビなんか、裏蓋に回路図が貼ってあって、要所要所には波形図まで付いていたりしましたから、好きな人には評判良かった。Sony さんは、当時から「Sony のサービスマン以外触るな」という思想だったような気がします。今は、PL 法とかうるさくなって、まあ LCD のテレビにはそんなに高電圧かかってないと思いますが (と書きましたが、そんなことはない、とコメント頂きました。液晶そのものはともかく、バックライト周りで高電圧がかかっているんですね。無知で申し訳ありませんでした)、CRT のテレビはヤバイといえば ヤバイですし、そうじゃなくてもどういうクレームになるかわかったものではありませんから、ラジオ少年が修理する、はブルブルものでしょうけど、そういうのも、「電気系離れ」に繋がっているところがあるのかも知れません。
家に古い徳永英明さんのカセットがあって、親もたまには聞いていたりしたんですが、今年がデビュー二十周年で取り上げられていることもあって、ガキが「壊れかけの Radio」なんて口ずさんでいたんで、難しい曲だよなぁ、を話したことがあります。こちらは「音域も広いし」のような意味で言ったのですが、ガキにとっては「壊れかけの Radio」という概念が、難しいというかピンと来ないようです。イマドキの人は、子供の頃から、「壊れかけをダマシダマシ」のような使い方には縁遠い。ラジオそのものも、聞かなくなってるんでしょうが、ラジオは突然プツンとも言わなくなって、家電量販さんに持ち込んでも「修理より新品の方が安いですよ」に 慣れっこになっています。徳永さんは、もうモノゴコロついたころはカラーテレビの時代、の 61年生まれですが、三菱電機さんのお膝元の伊丹市の出身だと思いましたから、プロが周りにいくらでも居たに違いなくて、「初めて買った黒いラジオ」が壊れかけ状態でも、持たせようと思えば「いくつものメロディーが いくつもの時代」を作るまで鳴っていたんでしょう。それから、「壊れかけ」がピンと来ない、までには、また「いくつもの時代」を経ているんでしょうけど。
( 11 28 2006, 08:59:00 午前 JST ) Permalink Comments [2]
Acer
工学部離れの要因として、もっと単純に、「学生生活」を Enjoy できないから、もあるようですね。理科系は文科系より、必要単位数も多いし、しかも拘束される時間の割には単位効率の悪い「実験・実習」が必須だから、まあ学校側は、それが「学生 (の) 生活」だろう、と思ってるんですが、学生側にして見れば「生活」はそれだけではありません。昔から、特に団体競技系の体育会で選手していると、法学部や経済学部なら四年で卒業できるけど、工学部は留年確定、が、相場でした。大抵の運動部は、試合に出場できるのは四年間で、医学部生なら特例で六年間、とかがインカレの規則で、否が応でも四年の最後の試合で第一線を退いて、それから「本来の学生生活」に戻る仕組み、なんですが、ラグビーは「学生の身分」を失わなければ何年でも出られるんで、あれはマズいんじゃ ないか、と言ってる先生もいました。
理科系、に実験実習は付きもの、なんですが、工学部の実験、は、うまく結果が出ないと、いつまでも解放されない、不器用な人は、ハンダゴテでトランジスタ劣化させたり、ガラス細工がキマラなかったり、で、また「本人のため」ではあるんですが、助手の先生も手伝って呉れるどころか、出来るまでやれ、で見張ってますから、逃げ出すわけにも行かない。あれがカナワンから商社に就職したけど未だにガラス細工の夢を見てウナサレルという人を知っていますが、学生実験程度で音を上げるようではエンジニアとして大成する望みはない、で、先生も「それがいいんじゃない」だったそうです。それだけ「実験至上主義」みたいなのがあって、まあ「正しい態度」だと思うんですが、イマドキの不器用な若者向きではないところもありますね。農学部の「実習」はもっとおおらかというか、まず野外ですから気分もいいし、日が暮れたら仕事になりませんから、ガラス細工で徹夜、なんてこともありません。林学には「樹木識別実習」というのがあって、京大では裏山の大文字山が主要なフィールドなんですが、先生に引率されて、裏山にのぼって、「これは何の木ですか」「はい、ウリハダカエデです」とかやっている。電気系の人に言わせれば、「あれが大学の実習か? 幼稚園の小遠足じゃないか? 大体、ウリハダカエデだろうが、イロハモミジだろうが、どうでもいいじゃない」ってお気持ちはわかるんですが、林科の人にしてみれば、イロハモミジとウリハダカエデは、同じ Acer でも全然違うし、で、心外だし、へぇーカエデの仲間は Acer って言うの、386 と 486DX くらい違うのかね、と言われても噛み合いませんね。
下宿街を楽しそうにゾロゾロ歩いて、裏山に「実習」に向かう、は、「幼稚園の小遠足」と言われれば、そんな気もする。今でもやっているのかどうか知りませんが、今なら女子学生も交えてゾロゾロなら、ますます目立って、男の園の電気系の人々の嫉妬というか顰蹙を買っているかも... 昔なら、林科の連中は、クマは通るが電気は通ってないようなところで仕事、もあるけど、まあ電気系もダムとか山奥の職場でも、電気は通っているというか、自分で起こしているから、まだマシだよね、勘弁してやるか、で、今でも海外植林なんかでは苛酷な現場もありますが、国内ならクマの出てくるような山でも FOMA 通じたりします。そういう意味では電気系の方にはお世話になってるけど、あんまり林学が電気系に直接貢献してるってなさそうで、精々スピーカーの箱くらいでしょうか。
( 11 27 2006, 09:05:37 午前 JST ) Permalink
Ecoregion Science
名前なんか記号だろう、は、記号は大切ではない、とは違う、と思っていまして、だからこそ「看板の掛け替え」なんか詰まらないんですが、「伝統」とばかりも言ってられない、は一方ではあります。東京農工大学、という、知ってる人はよく知ってるけど、知らない人は殆ど弊社のご近所の東京農業大学とごっちゃになってしまう大学、が最近「生協の白石さん」で俄然脚光を浴びてますね。農工大学、って日本には一つしかなくて、耳慣れない言葉なので、お孫さんの入学した大学を「農耕大学」だと思っていたおばあさんがいた、とか、ネタには事欠かないらしい。米国には、農工大と訳すのが正確かどうかは知りませんが A & M (Agricaltural & Mechanical Arts かな) と名乗る大学が、昔は結構ありましたね。HP さんの PA-RISC の開発拠点のある (あった、の方が正確かな) のフォートコリンズにある、コロラド農工大とか名門だったんですが、コロラド州立大学に発展してしまう、のような形で消えてしまったりして、今でもテキサス農工大、とかは頑張ってますけど、少数派には、違いありません。
東京農工大は、淵源をたどると 1,878年の駒場農学校 (札幌農学校の僅か二年後) で、もっとたどれば世界遺産で話題になっている旧官営富岡製糸場、とか、由緒正しくて、「新制東京農工大学」は前史と比較すると「たかが 60年足らずの歴史」なんですが、まあご存命の関係者はほぼ皆さん新制の方ですから、今更大学の看板の掛け替えも抵抗がある。学部の名称も「農工大」ですから、農学 部・工学部で仕方がない。しかし、学問の中身、なり、世の中の環境も変わっていますから、で、せめて、という訳でもないでしょうが、「学科の名前」は、結構「世間受け」するものに変更しておられるようです。例えば、「農学部地域生態システム学科」は、昔で言うと、林学と農業土木の範疇、ですが、英文名称の "Ecoregion Science" と比べると生硬というか、苦心の作、でしょうか。実際、「林学」は国有林野はご存じの惨状ですし、「農業土木」も農地改良なんてもう一巡も二巡もしてしまって、大きな費用掛けて整備された圃場にぺんぺん草、で、これはどちらかというと政治の生み出した矛盾かも知れなくて、もう「学問」だけでどうなるものでもなさそうですから、学問にしても人材養成にしても Ecoregion Science の方向目指すのが使命、は、当然なんだろうと思います。
ただ、ネーミング、は、やっぱり「志願者」の動向にも影響を与えるようで、昔の「林学」や「農業土木」は、圧倒的に男子志願者ばかり、農学部には食品系があったりで、工学部に比べれば女子学生が珍しくはないんですが、何年かに一度「林学」に女子学生が進学すると、実習の学生宿舎が雑魚寝なんでどうしよう、とか大騒ぎ、だったようです。それが徐々に女子学生が進出してきて、そのうち、学生宿舎にも「仕切」くらい作ったんですが、最近は年によっては女子学生の方が多くて、男子学生は「小さい方の仕切」が定着 しつつあるそうです。「少子化時代の大学」を支えているのは、女子学生の進出で、その分短期大学が縮小している、はあるんですが、女子学生が志望してくれないと、少子化のペースがモロに影響する。工学部離れ、は、端的には「女子学生が工学部を志望してくれない問題」でもありますね。東京農工大学でいうと、農学部は 50% 近くが女子学生なのに、工学部は、それでも世間よりはマシな 15% 弱、です。これは工学部は中央線の駅に近くて、学校から新宿まで 30分以内、の好立地、農学部は、武蔵野線の駅から刑務所の裏のさびしい道を 15分、と、まあ農学部は地面が必要なので、それを考えれば不便な場所でもないにしても、大きな懸隔があるのにこの比率、です。女子学生は名前で選ぶ、というつもりはありませんが、「林学」「農業土木」では、何となく歓迎してませんよ、というか Negative な雰囲気ですから、それを払拭するだけでも Merit なのでしょう。
( 11 24 2006, 09:04:12 午前 JST ) Permalink
Nobel Prize in Chemistry
電気系離れ、は、何年か前の京都大学工学部でも話題になりましたね。京大の場合は、入学試験で「大学科」別に定員があって、03年度に六つの大学科の中で、電気電子が最低点だった、前代未聞だ、なんですが、これは当時は、うーん、やっぱりノーベル賞ってエライもんだな、が話題の中心だったと思います。00年から 02年まで、白川英樹先生、野依良治先生、田中耕一さん、と三年連続で日本人がノーベル化学賞受賞、は、回り合わせとかあるにしても、素直にスゴイこと、ですね。イマドキの若者には夢がない、とかよく言われますが、そういう単純な話じゃないよ、は、別として、ノーベル賞三年連続、で、僕もノーベル賞もらえるかも知れない、で、化学系目指す人が増える、は、「夢がある」としかいいようがない例証で、よいことに違いない。東大で天文学の点数が一番高い、も、小柴昌俊先生のノーベル物理学賞受賞と無関係じゃないかも知れない。小柴先生は物理屋さんで、たまたま大マゼラン星雲の超新星爆発で地球に降り注いだニュートリノ、での業績で受賞された、ですから、厳密には「天文学」ではないのですが、ニュートリノってよく分からないけど、大マゼラン星雲、とか、超新星とか、なんとなく分かるような気がするんで、天文学、に見える? は素人考えかな。でも、頭も良くて、成績も良い人、に限って、案外そんなことで触発されていたりするのが面白い。
京都大学の中の人、のご意見では、そういう「客観的な人気」もあるけど、京大工学部の入試、では、前年に最低点が高いと、翌年の受験生は敬遠する、逆に、「最低点」が最低だった学科、は、翌年人気沸騰で、最低点が上がる、という、とっても分かりやすい現象があるんだそうです。確かに京都は、野依先生の出身校だし、田中さんの勤務先の島津製作所は地元企業だから、化学系人気、は特に強かったに違いないけど、回り合わせもあるよ、がご意見で、現に、翌年の最低点は情報、その翌年である今年の最低点は化学、で、電気電子、はここ二年は最低点高い方なんだけどね、とのこと。昔、小学科制だった頃は、前年最高点の学科が、翌年は定員割れしそうになったり、で、それはさすがに困る (例えば隔年開講の講義で二学年合同、が、小学生と高校生の合同、みたいになって、何を教えたらいいのやら、で泣いてしまう、とか) はあるようですが、今はそれほどの年差のバラツキはあんまり感じない。むしろ、やっぱりダラダラ下がっている、の方かなぁ、昔の電気電子の卒業生は、合格最低点競争、では「常勝」の時代だったから、それが「最低」になった、とかいうとプライド傷つけられて気分悪い、で Topic になるのは、自分もその時代の卒業生だから分からんでもないけど、「最低点最低」で、「なるほど」と思えるような新卒、も、そんなのは昔も運動部やってて、とか、いくらでも居たんだけど、最近は何もやってないのに、が珍しくないんで、危機感持たれるのかなぁ、みたいなお話でした。
文科系、理科系、だって、何か住む世界が違うような言われ方もありますし、まあ世の中には、漢字って自分の名前も書きたくない、でも、行列は暗算で解ける人、も居るんで、そういう突出した才能がない訳ではないんでしょうが、自分は、一般にはそんなにあるんかな、まああったとしても血液型程度の話じゃないの、と思っています。ましてや、電気系と化学系だって、何をやるかにもよるでしょうが、現にノーベル化学賞の田中耕一さんは東北大の電気、で、学科がどうだ、はそんなに関係ない、というか、それほど「電気」は、あらゆる エンジニアリングの根幹、でもあります。その、東北大工学部電気工学科 (の後身) が、「情報知能システム総合学科」という訳の分からない名前に改称するらしい、というので、文春で立花さんが慨嘆しておられますが、それはごもっとも、ですね。八木アンテナの八木秀次先生が初代教授で、日本人でただ一人のエジソンメダル受賞者の西澤潤一先生の、あの東北大電気、 なんですから、学科の呼称なんか、記号に過ぎない、受験生には「電気」が入って居ない方がウケがいいんだから、とは言うモノの、伝統、だって記号の重要な要素ですから、全国の大学から「電気」の名前が消えることがあっても東北大学は最後まで残ってもおかしくない、と思うんですが。
( 11 22 2006, 09:05:29 午前 JST ) Permalink
Scott's Session @u-tokyo
工学部の中でも電気系離れ、で、象徴的に言われたのは、東京大学の「進学振り分け」での、電気系の「凋落」です。東京大学は、伝統的に入学試験時には、学科まで特定しないで、理科x類、とかで一括で入学させて駒場の教養課程から本郷の専門課程 (駒場にも一部の専門課程はあるようですが) に進むときに、駒場の成績で「希望の専門課程」に行けるかどうかが決まる、という仕組みがあって、これが「進学振り分け」です。さすが東大で、普通は入学さえしてしまえば、後は単位さえ取れば何とかなる、なのに、気を抜かせないように、お尻を叩くんですね。自分は、よい趣味とは思いませんが、まあ高校生には「専門」の中身はなかなかわからないでしょうから、より身近なところで選択させる、という意味はあるんだと思います。
東大の「進学振り分け」は、部外者にはそう簡単に全貌が理解できるわけではない、多層的な仕組みのようで、他大学から東大の先生になると「あれが理解できて、最適行動が取れるというだけでも、東大生って能力高い、って思うよ」らしい。なので、部外者が云々しても、見当ハズレになると思いますが、文春で、東大を二回出た立花さんが Report しておられる数字では、「第一段階」での 進学内定者最低点、で、工学部の 26 コース中、電子・情報系の 3 コースが、昨年は 16 / 25 / 26 位と、ブービーとメーカーを電気系が、ってちょっとヒドイといえばヒドイ。今年は若干挽回して、16 / 20 / 25 位だそうです、 東大の出しておられる資料を見ると、昨年の最低点で工学部 Top の「機械工学 B」が 81.2 / 26位の「電子・情報系 C (ナノ物理・情報エレクトロニクス)」が 56.9 で、これも Alarming な数字ですね。極端に定員の少ないコースなら、ちょっとデキル人が集まっただけで、すぐ最低点、は上がってしまう、とか Magic はある (例えば、同じ理科一類から主として進学する「天文学」の 理科一類からの進学者の最低点は 82.9 でここが一番高いようです) んですが、機械 B と電気 C は、28人と 25人で、略同じ、ですから、それとも違う。内定者の最低点、ですから、機械 B は定員オーバーの中での最低点、であり、第一次志望 but ご希望に添えず、が何人もいて、電気 C は志望者が全員内定、かどうかはわかりませんが、少なくも昨年は定員 > 内定者 (いわゆる定員割れ) なので、「最低点」の位置が違うのは仕方ない、として、ちょっと差が大きすぎる、が「危機感」みたいなものに結びついているのでしょう。
来月 5日に、弊社会長スコット・マクニーリの講演会が、東大130周年記念行事の一環として、工学部二号館で行われます。スコットは Sun には珍しい「文科系」育ちですし、理科一類の中での「志望者」を増やすお役に立てるかどうかは別なんですが、電子・情報系も面白そうじゃない、と学生さんに思って頂くには格好でしょうから、そういう意図もあって、参加させて頂くのかな、と思ってしまったりします。
( 11 21 2006, 08:50:34 午前 JST ) Permalink
Shortage of Manpower
ヒトが集まる、集まらない、では、「工学部離れ、中でも電気系離れ」が話題になっていますね。日経エレクロトニクスの特集になったり、今月号の文春でも、立花隆さん、東大の小宮山先生、日立製作所の庄山会長、の鼎談で、大きく取り上げられています。いわゆる 2,007年問題、もあって、電気電子系は本格的にヒトが欲しい時期を迎えているのに、これで大丈夫なのか、です。
Issue は三層で、まず「若者」の数がこれからどんどん減っていく、しかも「ゆとり教育」とかで、減っていく若者の「質」が下っていく、という大前段、です。ここは、そう簡単に手が打てる、というものではないし、工学部とか電気系に限った問題ではありません。ただ、2,007 年問題世代、では、人材ソースは何も大学だけではなくて、高等専門学校はピカピカですし、工業高校もレベル高 いし、で、庄山さんのところなんかが、大学出を上野駅から臨時列車仕立てて日立市に送り込むくらいゴソっと浚われても、まだまだ逸材が野に充ちていました。今は高専卒業生の半分は進学 (高専の専攻科、もあるが、一般大学編入も多いし、高専の専攻科からの大学院進学も増えている) だし、工業高校は人気が離散して、弊社の地元の世田谷区でも、世田谷工業、烏山工業、砧工業、と三つも工業高校があったのに、三つとも (世田谷工業、は、総合工科高等学校、と看板の書き換えに近いのかも知れませんが) なくなるご時世です。会社によって構成割合は違うでしょうが、2,007年問題世代では、「大学の電気系」出身はそんなに主力ではない。しかし、その Replace は、イヤでも大学出に求めざるを得ないのに、そこが細くなる、「質」が下がる、は、他の産業よりも深刻でしょう。
工学部離れ、は、上に引いた日経エレクトロニクス掲載のグラフ、が如実に語っているように、いわゆる「理科系学部」の中で、工学部志望者の減少が大きい (NE のグラフにある 92年比では、59% と 41% の減) のに対して、医・歯・薬計では同じく 151% と大幅に増加している。理学部 (82%) や農学部 (73%) は、減少はしているが、人口も減っているのだから自然体と言えばそうで、工学部 の減少が顕著である、が趣旨です。このグラフは 04年度 (入学試験で言えば、05年) のものですが、05年度 (入学試験で言えば今年) もこの傾向は変わらず、 工学部志望者は、前年比 -10% の 332千人と減少は加速していて、医・歯・薬計の 285千人に、看護・医療・保健学部の 110千人を加えたものを下回っている、これはいくら何でもおかしいだろう、で、話題になるのも無理ありません。ただ、「数字には Magic がある」のが当たり前で、直感で不思議な数字なのは、むしろ医・歯・薬計の 285千人の方ですね。これはあくまで「志願者」で、実際の「進学者」とは違う、が Magic です。医学部医学科の入学定員、は、一万人まで行かない (多少水増しで採っていたとしても大きくは超えない) し、歯学部、薬学部がそれより大きいとも思えませんから、志望者は 285千人でも実際に志望の学部に進学するのは精々一割、でしょう。余り適切なたとえではありませんが、「欲しい服はシャネル、買う服はユニクロ」みたいな意味が、この「志願者数」には含まれていて、勿論、医・歯・薬志望者、が、浪人してもでチャレンジを続けられるので、ますます志願者は増える、も少しはあるんでしょうが、それには限度がありますから、実際の進学、は大半は医・歯・薬以外、に流れる。工学部、にとって頭が痛いのは、この「流れる」歩留まりが農学部や、理学部の生命科学系、果ては「理科系」の外の心理学とかに行って しまって、工学部へ、が大きな流れにならない (工学部への流れ、も、バイオや応用化学系に行ってしまう、が電気系にとっては特に痛い) ことのようです。
( 11 20 2006, 08:54:16 午前 JST ) Permalink
Apple, as The Rival
じゃあ本線どこなの、に、さぁ、だったのは、本線、を製品なり、製品ジャンルと考えるからで、それはなかなか出てきません。Half Baked Blog で、Krazit さんも言っているように、「Dell さんの AMD 機に対する推測は、当たった試しがない」んで、4-Socket Server に Opteron 搭載、を発表されて以降も、Desktop を発表 -> Entry Desktop では Intel さんが AMD に押され気味だからそこを強化したんだろう (でも Desktop だけだろう) -> Note を発表 -> X'mas 商戦を控えて品揃えが必要なんだろう (でも Consumer だけだろう) -> Business 用 Desktop (OptiPlex 740) を発表、うーん確かに当たるのは「推測は外れるだけ」ですね。でも、別に Dell さんは「一般的に言えば」不思議なことをやっておられるわけでも何でもない、力点の入れ方は当然異なりますが、HPQ さんはもうとうの昔に、Intel か AMD か、ではなくて「どこでも両方」なんで、それが (Dell さんもその選択を取られたことで、文字通り、でもあるんですが)「普通」になった、ということで、特定の製品なり製品ジャンルの強化、とかいう Scope とは別次元の話だった = 出てきた "AMD inside" 製品も「普通の」製品で、「製品としての本線」を窺わせるような際だったものではない、なのでしょう。
「普通ですよ」が騒ぎになるのは、「それが Dell さんだから」で、それだけでも大したものなのですが、いかにこれまでの Dell さんの「Intel Only Policy」での事業展開が強力無比だったか、でもあります。しかし、Intel Only って何だろう、を、分解してみると、何も Intel Corporation (INTC) Only である必要は必ずしもない。90年代からの "Intel PC" が圧倒的な Commodity になって、"Intel PC" の世界で INTC が絶対的な「最強」で、という環境では、IMTC との密接な結合による "INTC PC" の「標準」であることを Core にした Business Model は強力です。その場合、Technology という標準は IMTC 依存で、その上で「標準」のもう一つの要素である Volume に Focus する「流通モデルとしての Dell Model」が最適解である、それが 極端に端折って言えば Dell さんの Intel (INTC) Only Policy の本質でしょう。AMD さんの「逆襲」は、IMTC が (ある程度) "脱却したかった Intel の世界" である x86-(IA)32 を、逆手に取って x86-(AMD)64 を対置する、"INTC より(世間の求める) Intel 的であること" で脱 INTC を促す、これが "Intel の世界" の (INTC からの) 相対化、の発端で、その相対化に積極的に対応されたのは、例えば HPQ さんでしょう。しかし、Dell さんを動かした「相対化」として大きかったのは、むしろ Apple さんの CPU 転換、ではないか、が、自分の Half Baked どころか Quater もやけていない Level の推測、です。PPC 入ってる Mac は、いかなる意味でも "Intel PC" の対極に位置していて、Dell さんとはある意味「無縁な存在」だった。Merom 系入ってる Mac だからと言って、ここでいう "Intel PC" とは、違うモノなんですが、INTC の Technology の Implementation という意味では (それが自前であるか、INTC Lead によるものか、は別として) 同じです。今までの Intel PC の自前度、は程度問題ですから、それなら下手に自前度上げるよりは INTC Technology との結合を密にする方が事業展開上有利、は、AMD の逆襲、である程度相対化されたとは言え、健在かも知れない。しかし、今までのライバルとは比較にならない「自前度の高い Technology」を持つ Merom Mac = INTC の石が入っているにもかかわらず INTC Lead ではない PC、の登場で、従来型の "Intel PC" の相対化、は、WIntel が急速に Merom Mac になるという意味ではありませんが、避けられない方向だと思っています。
PC に下手な Technology は不要だ、悔しかったら数売ってみろ (Dell さんがそんな下品な言い方されている訳ではありませんが) は、一面の真理だったし、Intel PC の世界で Technology Oriented な Winner は、ある時期の CompaQ さんはあるいはそうだったかも知れないんですが、PC Vender さんから生まれるのは難しい。しかし Apple さんは、お隣の世界で、Technology Oriented を貫いて (「に復帰して」が正確か) iPod の大成功をもたらされた。その Apple さんを (潜在的な、最大の) Competitor と認識すれば、Dell さんも今後は Technology Oriend な側面も無視できない。今の "AMD 入ってる" は、まだ、目指しておられる Technology Oriented とはほど遠いんでしょうが、いつまでも "INTC Only Policy" では、まず、 Technology を支える「人」が Dell さんに魅力を感じようがないから、どうにも進まない。ここから脱却しないと、の Agenda としての、と考えると、ちょっとだけ、ですが、納得できるような気がしています。
( 11 17 2006, 08:49:26 午前 JST ) Permalink
Elegance
世間様で、それまでの 2-Socket Server の価格水準が大きく変わってしまう、は、まずは 2-Socket Server の方で「お家の一大事」です。ただ、じゃあどう対応するのか、は、単純で乱暴ですが、こちらも 2-Socket Server の価格水準を合わせる、以外に打つ手がない。「値段が半分になるなら、Volume を倍売ればいいじゃないか」は、それがいつも成立するなら苦労はないんですが、それでも「値段が半分になる」は、闇雲に半分になっている訳ではなくて、「2-Socket が当たり前」になって、そこの需要が分厚くなっているからこその「競争」だし、価格効果で、またそこの需要が増える、もありますから、「半値だけど倍売れる」製品がちゃんと作れるか、を Clear できれば、単純で乱暴、は有力な解です。本当に大丈夫か、はドキドキするし、本当は泣き泣きなんですけど、中途半端はロクなことがない、と、頑張ってしまう、ですね。
ただ、単純で乱暴、は、当然ながらエレガントなところは流してしまう。4-Socket で真価を発揮する Server を、とりあえず 2-CPU で、は、エレガント系ですから、2-CPU の世界で「単純で乱暴」が進展すると、User さんの立場では「必要なエレガンス」だったとしても、おサイフ係の方々がイヤな顔されるは避けられません。それでも「本来のエレガンス派」の方、は、エレガントに おサイフ係の方を説得して頂けるのか、今でも「エレガントな 2-CPU」は部分的には健在ですが、「新しいエレガンス派」を獲得しよう、が、V480 の大きなネライだったのは、さすがに不発に終わらざるを得ない。「タテの WS をヨコの Rackmount に」の Computing Density Focus のところは、エレガンシィがなくてもよい、ではなくて、違うエレガンシィが Meet する。そこは Andy Bechtolsheim の世界、で、X4600 良いねぇ、や、Blade 8000 欲しいねぇ、あれに SPARC 積む訳にはいかないの、はあっても、V480 の線、は、そんなに広くありません。4-Socket 固有、という市場は勿論あるんですが、そこだけに絞った機械、は、面白くないし、「4-Socket 機は難しい」は十五年前とは意味が違いますが、難しいことに変わりはないようです。
そういう「難しいところ」ですから、流通モデルとして料理する、は、あるのかも知れませんが、ナカナカ切り口が見つかりにくそうで、だから Dell さんが 4-Socket Opteron に、は、何だろう、とか、アリバイじゃないの、とか言われるんだと思います。現物も、一番無難な、PE6850 の Opteron 版、で、HPQ さんの DL580 / 585 路線、は、基本設計をいじらずに、うまく中身を進化 させて居られて、面白みはないですが、Proliant の設計部隊のアジが出ているんですが、二番煎じ、で出せるアジ、とはちょっと違う。Chipset の選択も、Broadcom は「4-Socket 固有」のお客さんにはもう一つウケが良さそうにないし、で、品揃えとか、アリバイならあれで十分なのかも知れませんが、ワザワザ「Dell も Opteron やりますよ」の予告第一号、という迫力とは異質かも、です。そうなると、これもタバコ部屋での Guess の一つだったのですが、アリバイとは逆に、むしろ煙幕として 4-Socket を言うけど、本線は別のところに、が正解だったのかも知れませんね。煙幕に 4-Socket は Fetish 的には不満だし、じゃあ本線はどこなの、は、さぁ、でしたから、タバコ部屋的には否決だったんですけど。
( 11 16 2006, 08:55:48 午前 JST ) Permalink Comments [2]
Fetish for 4-Socket
自分は、某氏によれば「4-Socket フェチ」だそうで、ここ 15年の Sun の製品で一番愛着があるのは SunFire V480 (今の V490 は、ほぼ V480 の発展形で、これも実は好きなんですが「200V の機械はキライ」と宣言していますので... イマドキは Server Room に機械置くのが当たり前ですし、200V の電源くらいはどこでも取れますから、200V キライ、はそろそろ卒業しないと、と思いますが) で、次点は E4500、僅差で SPARCstation 5 なんですが、社内与論的には「4500 や SS5 は Best 5 外さない製品でしょうけど、V480 ねぇ」でしょうか。「フェチ」と言われるのは、最初の MP Server である 600MP で、まだ 2 -> 4 の Scalability が低くて、散々叱られた、とか、Desktop 最初の 4-Socket、SPARCstation 10 の model 54 がネライは良かったんでしょうが、甘いところのある機械で後始末に苦労した、とか、自分の Sun での「原体験」に近いところで、4-Socket に関わりが深かった、もありそうです。その意味で、「個人的な愛着」の部分も大きいんですが、その後も Sun が初めて "PC Server" を意識した 4-Socket の Deskside である E450 とか (これは機械としては、扉のラッチが甘い、とか些細なこと以外は問題なかったのですが、PC Server を意識する、は、Positioning や Pricing で喧々囂々になって、しんどかった) 4-Socket は、Fetish とは Nuance が違うにしても、「呪い」というか、一筋縄ではいかないところがあります。
SunFire V480 に、もう一つ「社内人気」が出ないのは、SunFire V480 の頃に 4-Socket の Positioning が変わって弾みがつかなかった、があると思います。Sun ではそうではありませんが、世間では 20世紀はまだまだ Single Socket の時代、で、Single と 2 以上、には、大きな段落がありました。そーいう意味ではシアトル方面の某社がようやく、というのも大きかったかも知れませんが、20世紀に入って、Server と名のつくものは、2-Socket が当たり前、になって来て、今では、Single と Dual には、価格的にも用途的にも境目がなくなってきます。V480 は、Single と Dual に段落があった、2-Socket の Server が「お高い Server」だった時代 = 2-Socket Full の Server と、4-Socket Full の Server の CPU 当たりのお値段が等しい時代、に設計されて、その時代がほぼ終わかけた頃にデビューした Server です。それまでの Sun の 2-Socket と 4-Socket の Rackmount は、極論を言えば、2-Socket と 4-Socket の Workstation を「タテのものをヨコにした」存在で、CPU の数が違う「だけ」だったんですけど、そのタテのものをヨコにした Rackmount が予想外に (?) 売れたので、これは本気で「4-CPU の Rackmount Server」を最初から Target にして、4-CPU Full にふさわしい I/O 能力や RAS 性能を意識した設計、で、それまでの 4-Socket まで、と、8-Socket 以上の間の「壁」を破った、8-Socket 以上の Server の設計思想、を 4-Socket に持ち込んだ、みたいな意味があったと思っています。
これは、「予想外」ではなく、そういう売れ方、も想定内だったのですが、V480 は最初 2-CPU Full の 2-Socket Server とほぼ同価格の 4-Socket / ただし 2-CPU 構成、が主力で街に出て行きました。「いつでも CPU 増設で 4-CPU にできる 2-CPU Server」として、買って頂いたんですね。600MP や Model 54 でご迷惑をお掛けしたお客様から、「十年経ってやっと Sun も学習したね。2 のものを 4 に拡張する、と、最初から余裕で 4、の能力のあるものを、とりあえず 2 で使う、は、雲泥の差で、4-Socket ってそういう風に作らないと」と言って頂きましたが、これは嬉しかった、というか、Sun が世間様にうんと先駆けて 4-Socket でサンザン苦労した甲斐があったのかな、でした。しかし、その Path は Single Socket の Server と Dual Socket の Server の段落、が消えて、「そこそこの価格の 2-Socket Server」の「そこそこの価格」が、とてもではありませんが、4-CPU Full にふさわしい箱にとりあえず 2-CPU、の価格水準とはどんどんかけ離れていくことで、ほぼなくなってしまいます。
( 11 15 2006, 09:07:41 午前 JST ) Permalink

