Amendment XVIII
「再生可能であることは、とりあえず良いこと」には、イマドキは皆さんそう思っておられるので、あんまり反対するのも説得力ないのですが、果たして「トウモロコシからのバイオエタノール」がどの程度再生可能エネルギーなのか、は、議論の必要なところです。これも、サトウキビとの比較が分かり易いのですが、サトウキビは良くも悪くも比較的粗放に生産されているのに対して、米国のトウモロコシ (というか、正確には「粒のトウモロコシ」の為の生産の場合、畜産農家が青刈りで家畜の飼料にする場合は、割に粗放) は大規模な機械化農業であり、農場での「化石エネルギー」の原単位が、サトウキビよりまず大きい。また「バイオマスエタノールの工場」においても、ブラジルの「もともとは製糖工場」だったエタノール設備、と、米国の「現代技術の粋を集めた工場」は、言ってみれば「地酒の蔵元」と「大都市圏の大型ビール工場」くらいの差があって、プラントとしての化学工学的な効率で言えば、それはビール工場なのですが、発酵は生き物相手なんで、Total でみれば案外地酒の効率も捨てたものではありません。
何よりも、「伝統的な蔵元」の方は、化石燃料なんかない時代からやっているので、燃料としてはサトウキビの絞りかすを利用する、で成り立っているのに、ステンレスピカピカの最先端ビール工場は、化石燃料の集中ボイラーがないと動きませんし、昨日述べたように「トウモロコシから」は工程が長いので、製造の際の「化石エネルギー原単位」でも、トウモロコシから、は大きくかかってしまう。トウモロコシからのバイオマスエタノール「そのもの」は、確かに「再生可能エネルギー」なのですが、その製造に際して、化石エネルギーをかなり消費してしまうという意味では、「再生可能度」は決して高くなさそうです。どの程度劣るのか、は、数え方や、「トウモロコシ推進派かどうか」の立場によって違うので、どれが正しい、というものでもないのですが、トウモロコシからのバイオエタノールそのものは「再生可能」であり CO2 ニュートラルであるとしても、それを生産するために化石燃料をジャブジャブ使っていたのでは (燃料自体は「石油」である必要はないので、石油の節約にはなるのですが) CO2 の排出の削減効果は小さい。サトウキビの絞りかす、は、空気中の CO2 を固定した産物で、そこも CO2ニュートラルですから、京都議定書 (もっとも米国は参加していませんが) 的にも、サトウキビの方が Eco で、トウモロコシはいかがなモノか、です。
Eco なり、「再生可能」は耳障りが良いので、「トウモロコシ推進派」の Marketing 手段としては有効なのですが、米国は別に推進派一色ではありません。「反トウモロコシエタノール派」の筆頭は、食肉業界で、食肉用を中心とする家畜の飼料用、は、米国のトウモロコシ生産の半分以上 (輸出用、エタノール用を除けば 80% 以上) が振り向けられているんですから、バイオマスエタノール用に引っ張られて自分たちの Cost が上がってしまったのではたまらない。前述したように、トウモロコシからのバイオエタノールには、「国家意志」を除けばあまり合理的でない部分が多くて、突つきドコロ満載、なんですが、彼らの Marketing Message は「仮にも食糧をそんなものに使って良いのか」論です。これは米国では古典的、と言いますか、1919年に成立した合衆国憲法修正十八条、いわゆる「禁酒法」だって「仮にも食糧を」論が大きな動機になっていて、あれだけの「愚法」を成立させた原動力だから、なかなか強力なのだと思います。日本ではトウモロコシそのものを食用にする、は、屋台とかお菓子の世界、ですが、米国は「トウモロコシ由来の粉食文化」の中南米諸国の隣国ですがら、(中南米の人口の都市集中、も一因ですが、地場の、自給自足的なトウモロコシ栽培、を縮小させて、「主食でさえ米国から輸入」に変えてしまったのは、「米国の近代的・効率的なトウモロコシ農業」だ、はこの際忘れて) 訴えるモノは違うんだと思います。
( 12 21 2006, 08:52:39 午前 JST ) Permalink

