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20061213 水曜日 12月 13, 2006

田毎の月


自作農家が自分の目の届く範囲で行う「自足型」(自給自足、ではなく、市場圏の規模は別として、「地域自足型」の) 複合農業、は、なにも「本国」だけでなく、例えばアジアで言えば、XX デルタのようなところには古来からあって、「複合」の組合せは色々ですが、安定した「系」を形成して来ました。アジアの XX デルタ、は、水とのつながりが大きいので、稲作が中心になるのは、ヨーロッパとは違いますし、土地所有の変遷とかも異なりますが、揚子江デルタ、は、歴史も、それ自身の広がりも、市場圏の広がりも、最も大きい系、でしょうか。「歴史の風雪」を経ている分、揚子江デルタは、中国の驚異の発展の中でも、強固に「系」としての命脈を保っているんだと思います。ただ「地面に貼り付いた農家」の経営範囲、の歴史的な限界、はどうしてもありますから、単品毎に「商品生産」と考えると、もともと貼り付いた農家なんかない、New Frontier に展開する「農場」と国際競合すると、これは「規模の経済」であり、なかなか勝ち目がない、も事実です。

米国での「稲作」が、等高線に沿って毎年「畦道」を作っていく「等高線農業」ですよ、の航空写真とか、ご覧になったことがあると思いますが、稲作が「等高線農業」であるのは、米国の Original ではなく、日本の山間地や沢のようなところでかつて見られた「棚田」が、まさに等高線に沿った畦道であり水管理が Focus の「稲作」の、ある意味「自然体」です。しかし、米国の「等高線農業」とは、等高線の密度のケタが違いますから、日本の棚田の一枚が、数アール、とか、アールまでいかないものもあるのに対して、米国では数ヘクタールで、片や「小規模な機械も入らない」田んぼ、と、片や「大規模な機械を入れないと作れない」農場、の差になります。さすがに日本でも、沢の棚田、は多少残っていますが、山村の「山間地の棚田」は (そういう「山村」そのものがなくなっている、もありますが) 姿を消しつつあって、信州の「姨捨」の棚田は、「田毎の月保存会」なんかできてしまって、もう「文化遺産」の世界ですね。

米国型の「大規模農場」が万々歳かというと、そうでもなくて、お砂糖の世界でもあるように、「地域経済」の中での農産品の価格と「国際経済」の中での農産品の価格は、ケタが違うし、「国際経済」を相手にせざるを得ない大規模農場では、競争 (国際競争も、国内での「農場経営」者間での競争も) 激甚ですから、別のご苦労も大きい。生産性は規模の関数であり「本国型」でも (土地の所有権の移転ではなく、借地のような形が主ですが) 集約は進んでいるのですが、これはどちらかというと、「構造改善のための調整」的に進んでいるのに対して、米国では「競争」による弱肉強食的な規模の拡大に進んでいて、むしろそちらの方が進行のテンポは速いかも知れない。「農産物」としての Total の需要市場の規模の拡大、は、精々人口の伸び並にしか期待できないし、かといって「地域経済」の市場をコジ開けよう、も、天下の米国のお力をもってしても限界がある。そこに「活路」がありそうに見えかけているのが、バイオマスエタノールです。

( 12 13 2006, 09:06:18 午前 JST ) Permalink
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