Singapore Botanical Garden
「植民地主義の時代」の Keyword というか、大きな動機、は、サトウキビに限りませんが、「熱帯性の植物からの産物」への欲求で、一番最初は、胡椒のような重量あたりの価格の高い、香辛料系、の「輸入ルートの開拓」 = 大航海時代ですが、それが、現地でのプランテーション経営、に発展して行く。ゴムしかり、コーヒーしかり、あるいは阿片もそうだったのかも知れませんが、その中でもサトウキビ、は最右翼の「熱帯産物」です。シンガポールには、市街の中心にほど近いところに、今でも 50ha を超える面積の立派な植物園があって、「うーん、さすが大英帝国だ。植民地にもこんな立派な文化施設を運営していたんだ」とか感心している人もいるんですが、何のことはない、植物園、は今の製造業で言えば、Pilot Plant みたいなもので、アマゾン流域から「盗みだしてきたゴムの種子」を、ここで選抜して、育苗して、海峡植民地に送り出すのような (正確には、「盗み出したゴムの種子」は最初は今のスリランカの植物園で栽培された)「植民地経済」の中核施設だったんですね。自国の各植民地に「植物園ネットワーク」を展開して、植民地経済の起点にした大英帝国は偉かった、には、まあ異議ありませんが...
サトウキビの現在の栽培種は、ニューギニアあたりが原産、と言われています。ブラジルのサトウキビ栽培も歴史が長いのですが、なんと言っても「衰退植民地王国」ポルトガルの比較的穏和な植民地だし、独立も早かったから、西インド諸島でのアフリカからの奴隷労働力の大量導入による大プランテーション、という やりたい放題の「植民地経営」と比較すると、消費地までの距離の問題もありますが、優勢、とまではいかなかった。それがよかった、と言いますか、「製糖工場主と工場周辺の契約農民」みたいな関係は、どっちが優位とかはあるにしてもいわば一般的な「持ちつ持たれつ」の関係であり、Flexible なのに対して、 「やりたい放題の奴隷農場システム」は、その強制力である「植民地帝国」が崩壊すると、同時に「生産システム」まで崩壊してしまいます。不自然なモノカルチャー農業、は、一旦崩壊すると土地も荒れるし、なかなか再建も難しい。気候条件としては、特に気温では、優位とは言えないブラジルですが、製糖工場資本が「製糖 = バイオマスエタノール資本」にうまく成長したし、「製造業」の原料確保、という意味では、降雨量がコンスタントにあって、(冬場には糖度は落ちるのですが) 周年栽培が可能、は大きなメリットでもありますから、ブラジルのバイオマスエタノールの(少なくとも当面の) 優位の背景、を構成しています。
一方の砂糖原料の雄である甜菜は、面白いことに「反植民地的起源」と言いますが、今の甜菜とは比較にならないほど糖度の低いものが、野菜として栽培されていて、それの改良種、が今の甜菜なのですが、品種改良が進むきっかけになったのはナポレオン戦争の大陸封鎖で、植民地からの (サトウキビ起源の) 砂糖が入ってこなくなったから、と言われています。「パンがなければお菓子を食べれば」のマリー・アントワネットの姪を皇后にしたので、やっぱりお砂糖がないのは困るから、なのかどうかは知りませんが、十九世紀半ばには、「甜菜からの製糖工業」がヨーロッパ大陸で確立し、その後も「戦争」が断続的する中で、甜菜の糖度を高める品種改良が進みます。
( 12 11 2006, 09:00:51 午前 JST ) Permalink
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