Zhou EnLai
今日、1月8日は中国の周恩来元総理の没後30年にあたります。1976年は、周恩来元総理の死去、第一次天安門事件、毛沢東元主席の死去、文革四人組の逮捕、と中国現代史最大の激動の年でした。
お正月休みに、「周恩来伝 1949-1976」(金冲及主編、岩波書店) を読んでいました。五年前に出ていた本ですが A5 版、上下巻で千ページ近い大冊ですから、、長いお休みでもないとなかなか手がつきません。周恩来元総理は、中国でも今も広い尊敬を集めていると思いますが、日本でも周元総理への敬意というか人気というかは、非常に根強いものがあります。どこかで「政治家の尊敬する人物」のアンケート、というのがあって、そこでは小泉純一郎氏と池田大作氏と周恩来元総理がトップを争っていたそうで、周総理ファンの某氏が「並べて欲しくない」と憤慨していましたが、外国人で、故人で、選挙の応援をしてくれるわけでも何でもない周元総理が「トップを争う」というだけでも、凄いことだと思います。
昨年は、「周恩来キッシンジャー機密会談録」(岩波書店、米外交文書公開の翻訳)や、「誰も知らなかった毛沢東」(張戎/ハリディー、講談社)など文革期の中国モノ書籍が話題になりました。周恩来元総理の最晩年の十年間、は、まさに文革一色であり、張戎女士の「誰も知らなかった毛沢東」(という割りには、ガイシュツの Topic も多くて、立ち読みしただけですが)でも、前作の「ワイルド・スワン」ではとても肯定的に書かれている周恩来元総理が、この本では結局は文革のある種の「補完者」だったのではないか、という論調に変わっているように見えます。張戎女士に限らず、香港や在外華人の最近の Tone はそっちの方向かも知れません。日本でも、田中角栄元首相は、周恩来総理を「毛沢東主席の忠実で有能な、しかし追随者」と見ていた、という話があります。
「周恩来伝 1949-1976」は、「周恩来伝 1898-1949」の続編で、金冲及氏の主編、は、いわば欽定のような意味がありますが、1949-1976 と1898-1949 の刊行に十年を要していることが、「総理としての周恩来」と「人間周恩来」の溝を公認党史としてどう書くか、の難しさ、が顕われていると思います。書き方、は、事実を坦々と刻銘に、というしかないわけですが、そうであればそうであるほど、溝の深さに真摯に対処することの厳しさが浮き彫りにされる、なかなか辛い本です。病床にある周恩来元総理が 8月に北京市内の太平湖に最後の(?)外出をされる。湖畔に長く佇んだ元総理が秘書に、「今日は何の日か知っているか、老舎先生が亡くなった日だ」(老舎氏は、文革で激しく批判され、太平湖で自尽した。他殺説もある) と語る。短いエピソードに過ぎない、と言えばそうですが、ここは自分には全編を凝縮した数行に感じられてなりませんでした。
( 1 08 2006, 08:19:08 午前 JST ) Permalink
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