木曜日 7 02, 2009
クラウド環境を早急に日本に整備しなければならない。日本の大学を始め、米国を中心とした海外のクラウドサービスを利用するケースが増えている。確かにパブリッククラウドは早く安く活用することができる。が、重要なデータがすべて海外流出する危険性がある。日本の多くのデータが流出すれば、日本人が何に興味を持ちどんな傾向があり、今何が流行っていて、等々、すべてが見えてしまう。例えば国際安全保障への認識が日本人が甘いとしたなら、そのような重要な思考データまでもが流れてしまう。
クラウド環境はインターネットの先に巨大なデータセンター空間があり、所在がわからないところで多くの混在環境で処理されている。本質的に言えば、IT環境は手元にUIがあればDCはどこにあっても良いことになる。が、データがどこにあるのかどう管理されているのかが分からないのは都合が悪いものである。
国民への多くの重要なサービスを早く安く提供するためにも、日本国内のでのクラウドサービスの構築は緊急課題といえる。政府をあげたクラウド整備プロジェクトは、米国、英国、韓国共に始まっており、日本は勉強会が始まったばかりと言える。我々はオープンガバメントクラウドコンソーシアムという提言組織を国内外企業20社で立ち上げた。このコンソーシアムは上記の緊急な課題認識を共有し、提言を取りまとめ早急な実行を推進する組織である。ぜひOGCの活動にご期待ください。彰二朗
火曜日 6 02, 2009
久しぶりにブログ書きます。ここ最近、IT業界を騒がしくしていた関係で、なかなかきわどいコメントは自粛モードでいました。
本日は、久しぶりのイノベーションイベントのご案内です。以下の通り、あるべきクラウド環境を軸に、Sun Cloud の最新情報と、国内での取り組み、そして、今後の計画等、クラウド一色の半日です。是非、お越しください。彰二朗
日時 2009年6月25日(木曜日)
会場 東京ミッドタウンホールA/B
主催 サン・マイクロシステムズ株式会社
お申し込み http://jp.sun.com/ocif/
火曜日 3 31, 2009
米国、ニューヨーク時間で3月18日、いよいよSunも正式にCloud戦略を発表した。GoogleやAmazonのように、本業を支援する位置づけの
Cloudから、本質的なCloud
環境の普及が世界中で始まろうとしています。
Sunは、Cloudについてもこれまでと全く軸がぶれていない。新たな技術革新を基軸にOSSの全面採用と、パートナーモデルである。これまでの
Cloudサービス企業はその
全貌をオープンにはしない。自らサービスを行うビジネスモデルであるが故、当然のこととも言える。Sunが故のオープンモデルである。これまでの個別シス
テムから、Cloud環境に変化していっても、オープンスタンダード(技術標準)は永遠に順守してゆくことが重要だからである。
昨日、「Open Cloud manifesto」が、IBM、Sun、CISCO等が中心となって発足された。Cloud Conputing
のオープンスタンダード団体である。これまで我々はUNIXから始まり、Javaを展開することで、ミドルウェアのレイヤーまでは、オープン化を進めるこ
とに成功したと言っていい。その中、及び上での競争環境を創出できたことは、めまぐるしい技術革新が生まれたし、その恩恵はユーザーもたらされたと思う。そして、手の着いていなかったストレージのオープン化に昨年より取り組みを開始、そして、Cloudのオープン化に着手する。
Cloudで見えない世界になるからこそ、その中では、オープン化が順守されていることが、もっとも重要と考える。 彰二朗
月曜日 3 09, 2009
いやいや、クラウドコンピューティングが議論される時代がやってきました。The Network is the computer と提唱して来た我々Sunにとって、ITの本質的環境である、Cloudの時代が到来しました。
ところが、この本質的環境を表現した言葉が、またもやIT業界が創りだしたバズワードと言われ始めました。これまで、ユーザーが必用としている機能以上のファットソフトウェアをコピー拡販してきた企業までもがクラウドを語り出した。IT業界はいつまでユーザーの囲い込みを続けようとするのだろうか?
クラウドは必用とする機能を使った分だけ課金するモデルである。そのサービスが必用とされなければ、社会に貢献しないし、ましてやビジネスにならない。これまでまかり通ってきた提供側の行きすぎた論理は通用しないのである。
ライセンスビジネスで金儲けの側面では成功を収めてきたと言われるIT企業にとって、いよいよ厳しい時代がやってきた。世界中では金儲け主義の金融モデルの崩壊が取りざたされているが、今までのIT業界は、まさしく同じような世界を創ってきたのではないだろうか?一時期経験した.comバブルは、バブルの二階建てみたいなもので、いまだにバブルは続いてきたのではないか?
ITの本質へと向かうクラウドコンピューティングを単なるバズワードに終わらせることのないように、日本でITに従事している方々1人1人の、認識と見識と実行力が問われているのだと思う。当然ですがもう評論家はいらない。実行あるのみ。
我々は1年前に発表した、次世代ECO−DCをいよいよ着手、近い将来サービスインする。それは、日本のDCが世界の中で環境配慮型として手本となるデザインであり、その内容は全てオープンにしてゆく。そして、日本の課題とされてきた電力企業との問題とも正面から向き合ってきた。乞うご期待!! 彰二朗
火曜日 1 06, 2009
みなさん、どんなお気持ちで仕事をスタートされたでしょうか? 私は、2009年は新たな秩序が形成され始める、スタートの年だと考えています。2008
年に起きたことは、起こるべくして起きたことなので、もう議論することも愚痴ることも止めた方が良いと思っています。今日も細々とした新年会が予定されて
いますが、これからの秩序に関して会話しながらその時を楽しみたいと思っています。
IT業界も勿論例外ではありません。金融工学なるものによって金融業界がそうであったように、IT業界もバブリ続けて参りました。ユーザーが必用としてい
る仕様を、シンプルに整理することなく膨大な開発量を提案し、必要以上のITリソースを提供してきた業界です。多くの領域で重複した提案をして来たことは明白でしょ
う。この業界を見直す場合も、過去との決別が最も重要となります。あるべきIT環境は既に見えていますし、実証も終わりました。後は粛々と真面目にインプ
リし、ユーザーの利用増大と共に適正に拡張する。当たり前の状況にする必用があります。ITリソースは、サービスを止めないために、ピークサイジングを
行って来ました。その為例えば平常時のCPU利用率は20%程度といわれています。常に80%の無駄を生んでいるわけです。これでは無駄な税金
を・・・・・・なんて言えませんね。仮想化、シェアリング、クラウドコンピューティングは、IT業界のビジネスモデルを見直す大きなうねりになると思いま
す。
今年は、このテーマで情報提供をして参ります。本年もよろしくお願いします。 彰二朗
木曜日 12 11, 2008
クラウドコンピューティングが台頭してきた。Internetが登場したときから、プレゼンなんかに使用されたデザインはまさに雲の絵だったが、今まさにビジネス
の世界までもがクラウド環境の方向に動き出している。Googleやアマゾンが、エンタープライズ向けリソーオンデマンドサービスを立ち上げ、スタートアップ
であれば充分なIT環境を瞬時に手に入れることが出来るようになり、拡張する事も撤退することも自由となった。オープンスタンダード化により、Exit Costは軽減できるようになったが、この自由なサービス環境の利用者メリットはその比ではない、確かにまだまだ仮想化の技術には未整備なものがあるが、関連技術はまちがいなく発展し続け、多くの分野がクラウドで実現できるようになるのであろう。いずれにせよ、利用者側のメリットは明確になり、今後のIT環境のあり方も明らかになった。
その様な変化の中で、経産省は「グリーンクラウド」という表現を始めた、クラウド化されることによる大幅な重複投資の是正や資産の移転、それによる消費電力の激減を
方向付けた、グリーンITの両立を目指した表現だろう。確かに、日本のIT環境、そしてそれを構築してきたIT業界そのものの大変革を同時に起こさなければ、先進国で最も低いとレッテルをはられた、IT
による生産性向上も達成できないであろう。どう実現してゆくかはこれからだが、旗印として、「グリーンクラウド」は全てを包含するので、大きな方向性を示
したと思う。
日本のIT業界は、活力を失いつつあったが、この「グリーンクラウド」を実現するため、過去の考え方、システムを引きずることなく、全てのしがらみを捨て
て、全く新たに理想とするIT環境を目指すことが重要ではないだろうか? 彰二朗
水曜日 12 03, 2008
世界が、日本が、会社が、そしてそれぞれ個々人の身の回りにいろんなことがおき始め、いろいろなことが変化しはじめましたね。TVは常に誰かの‘せい‘にした報道が垂れ流され、それに慣れ親しんでしまったかのように、口々に今起きてきることを他責に片付けようとしている。どうしてもそう感じてしまいます。皆さんは、こんな状況の日々どう感じてますか?
しょうがないのかな?大きなことは個人にはできないから・・・・ですかね?
私は、なんか納得できない、消化不良の日々を数ヶ月すごし、やっぱりそれぞれ自責じゃないかな??って、あらためて思うようになりました。誰かが始めたゲームに最初は少数が反応し、それに我も我もと便乗し、それが二乗で広がってしまった。すべてはお金という万民が得たいと思って来た欲の追求の為に!!
やっぱり、本当にそれでいいのでしょうか?少なくてもこれからの時代は目標や評価軸を変えていかなければならないし、それは不連続であり、新たな価値観を創造しなければならないのでは?
私は、相変わらず小さくても地道に社会に貢献している中小企業や地方の方々とお会いするのが一番有意義だと感じている。この間も広島の方々と、今月は宮崎の方々と一緒にイベントを持つ機会をいただいており、そこで感じるのは、中央と地方の格差問題等が机上で議論されているが、現場では人に言われなくたって自ら変わろうと行動は始まっていることに気づくべきです。あとは、現場で生まれた発想を一緒になってそれを実現するために推進を支援することを実行するだけなのです。地方を、中小企業を救わなければ・・・なんて上辺だけで議論していることは、強者の奢りにすぎません。そして、それぞれの関係は縦から横に変わる必要があります。もちろん、現場を不自由にしている仕組上問題があれば改革する必要はあります。
こんな、詩があります。
「僕のした単純作業が、この世界を回りまわって、まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく。そんな些細な生き甲斐が、日常に彩りを加える・・・・・」
誰もが真剣に取り組んでいる事柄はすぐそこにいる人々だけではなくて、見知らぬ人々への伝播します。インターネットの時代になって、そのスピードと影響範囲は一瞬のうちに世界へとなったのです。
だから、今の金融クライシスはそれが悪いほうに現れたのです。この事実は、ネットワークは世界に繋がっていて、大きな影響力を持っていることを証明しました。裏を返せば、小さな素敵な出来事も世界に広げられるということに他なりません。自分たちが日々取り組んでいる努力は、決して大きなことばかりではなく、ほとんどが小さなことです。でも、それが人を動かし、コミュニティーを通じで世界に伝わるのです。こんな閉塞感が蔓延している時だからこそ、日々、こつこつと行ってきた日々の努力を自信をもって地道にやり続けることが大切なんではないでしょうか? やっぱり、現場から始まる50cm革命が重要ですね。彰二朗
火曜日 9 16, 2008
リーマンが崩壊した。世界中の投機マネーがどこに行くのだろうか?いよいよそんな時代がやってきたのだとは思いませんか?お金がお金を生んできた時代。そろそろそれに終止符を打たなければならないんだと思う。何度となく、そんなことをこのブログでは述べてきましたが、いよいよって感じです。
じゃ、僕たちは何をしていったらいんだろう?
自分でできる範囲でできるだけ世の中を大きく見ること、そしてそれを体全体で感じること、そして実態と実情を認識すること、そのままでいいか?どうすればいいか?できるだけ具体的にどうしたらベストかイメージすること。それを仲間と共有すること、そして50cmでいいから行動すること。
現在日本政府は次期総裁を選出しようとしている。メディアは先走ったというかプロぶった上辺だけの報道を日々行っている。まるで庶民の僕たちがだまされてきたかのように。この中途半端な人種が日本をだめにしてしまったのかも知れない。僕たちは平等な情報源があり、それを自身で判断できる。いろいろな操作を受けずに、自身で率直に判断すればいい。
日本全体が閉塞感の固まりにならないように、僕たちそれぞれが今一度深く深く再考しなければならない。そしてVisionを統一して・・・・・彰二朗
月曜日 8 25, 2008
ITが人々にとって、そして社会や国家にとって、真に意義のある貢献が出来るのはどんな領域であろうか?
現在、先進国各国は、軍事から生まれた技術であるITを、人命を救うための医療連携に活用しょうとしている。
ネットワーク化された社会では、どこにいても自分の情報を引き出すことが出来るため、セキュリティさえ担保できれば、医療情報という最も重要な個人情報をも、自身にとって有効に活用できるようになる。やはり、社会保障関連となるとイギリスやスイスなどヨーロッパが進んでいるようである。
それでは、日本はどんなネットワークデザインでどこまで進んでいるのだろうか?
日本はレガシーな技術であるPKIを活用した公的個人認証を構築した。そして、住基カードの発行を前提に、そのネットワークを利用して各種申請手続を可能とするシステムを申請の数だけ構築してきた。そして、利用が進まないこのネットワーク上に、社会保険データを整備することを前提に、社保カードを連携することを検討している。
ネットワークデザインはこれで良いのだろうか?
Sunの本社のCSO(Chief Security Officer) は、ウィッチ・フィールド・ディフィというものが担当している。10年以上も前にPKIを発案・開発したメンバーの1人で当時はハッカーとして著名なエンジニアである。我々は、彼が3年前に来日した際、日本の個人認証システムに関する見直し提案を政府側関係メンバーに行った。開発した彼本人が、PKIは既に使い古された技術であると解説し、その活用は一般市民のネットワークへの参加に高いハードルを強いることとなり普及を妨げる。PKIの利用はやめて、システム内部のセキュリティを高めることを提案した。そしてネットワークの解放(オープン化)の重要性を伝えた。
その議論の結果の政府関係者の解答は、「認証システムは既に構築済みで、その活用拡大が最大のテーマである」ということであった。日本の常であるが、大がかりなシステムを構築してしまったばかりに、それが市民にとって不便でその維持運用は高コスト構造であろうが、後戻りできない、失敗を認められない旧態依然たる状況であり、いつもの解答にかわりはなかった。
「Homeland Security」といった、国土安全保障の観点から、ネットワーク全体のデザインを再考し、ネットワーク社会の有るべき論を追求することで、組織の連携(BCP)、利用者のためのデータの安全な利活用、適正な構築運営コストの構造、ITの社会的活用の価値が、見い出せてくるのではないだろうか? 彰二朗
木曜日 8 14, 2008
たまには、Sunについて語ってみたい。先日、日経産業の最終面にSunの業績状況が記事になった。
・サブプライム問題での金融業界のIT投資激減が影響
・IT業界で一人負け
・ビジョンの空回り
等々、ひどい書かれ方だった。でも事実は事実である。一方でSunは、フォーチュン500社の中で、CSRを追求し実行できている企業として絶大な評価を受けている。負け惜しみを言っているわけではなく、僕は実はそんなSunが好きで働いている。上場企業であれば株主に対する投資責任を全うしなければならないことも十分理解しているつもりだが、はたして米国流の経済的市場原理主義は世の中にどんな影響を与えてきたのだろうか?どんな社会を形成してしまったのだろうか?それを真似てきた日本、そして、中国やインドに代表される新興国はどうなってしまうのだろうか?いったい、それぞれの国や、組織のビジョンはどうなっているのだろうか?
私は、30%理論という考え方を以前示した。それは、人も企業も国も、一定以上のシェアを持つと更なる拡大をめざし、大きな権力に胡座をかくようになる。そして、もともとの原点を忘れてしまう。一旦その方向に走ってしまうと、数字的な実績に縛られ、保守的になり本質を見失ってしまう。30%理論とはシェアの上限を30%に設定し、常に自身を競争環境にさらし、新たなチャレンジをし続けられるためのモデルである。
そろそろ、それぞれの組織が何のために発足され何を実現したかったのか原点に戻るべきではないだろうか?グローバル社会という表現はすでに古いかもしれないが、その中で自分たちは何を実現するのか?果たして金儲けだけが目的だったのだろうか?再考する必要がある。サブプライム問題や原油高騰は、まさしく経済的市場原理主義が生んだ最悪の事態である。日本の証券会社も原油や先物を組み込んだ商品を販売し始めているが、それを企画した方々は、今、社会で何が問題になっているのか、どんな認識のにたっているのだろう?国民・個人としての意識はどこにあるのだろう?その商品が売れれば売れるほど、原油は高騰し、社会問題は増大するのである。どう思います?そろそろ企業もその中で活動する個人も、あらゆる組織が本気で本質的なCSRを追求するべきではないでしょうか?彰二朗
水曜日 8 13, 2008
みなさま、ご無沙汰してます。私ごとですが、SunにJoinして6年が過ぎました。そしてその間、政府・自治体担当として、電子政府を中心にレガシー改革
や、トラステッドネットワークの実証、シンクライアントの普及活動、エコデータセンターの立ち上げを行って参りました。そして、この8月より、政府に限ら
ず、インダストリー横断で、Web2.0/OSSの普及や開発者の育成を目的としたコミュニティの運営、エコデータセンターの様な大規模プロジェクトのマ
ネージメント等々を担当することになりました。これからもよろしくお願いします。
この6年間、思想を共有できるメンバーと一緒にIT改革に邁進して参りましたが、どれほどの成果があったのだろう?
1.オープンスタンダードへの流れ
2.OSSへの流れと実証
3.分割調達の実践
4.ITのエコ問題に対する意識の向上
うーん? 良いところまで行ってるようにも思うし、まだまだこれからだとも思う。政策はこれからの方向性を決めてゆくので非常に重要なことであるが、最も
重要なことはその実行と実現、そして目標の達成である。その意味では、まだまだ実行量が足らないため、全体感として改革が進んでいるようには見えていない
と思う。インダストリ横断のミッションも加わったこともあり、今後は産業界も巻き込んで、ITよる日本の経済政策の改革を進めていきたいと考える。
米国、次期大統領候補のオバマ氏のHPには、IT政策がきっちり示されており、社会インフラとしてその重要性の認識の高さが感じられる。それに比べて日本
はどうだろう?IT担当大臣もいなければ、担当政務官が誰なのかもわからなくなってしまった。当時森首相がIT(イット)と発言したことを懐かしく思い出
したりもするが、今と比べればまだあの当時の方がIT戦略に期待が持てたようにも思える。(実際は期待はずれに終わったが?) 内閣改造も終わり、経済対
策が待ったなしの状況である日本を立て直すためには、今一度、この国の為の(国民のため、社会のため)IT戦略のリデザインと、本質的な改革が必用だと考
える。彰二朗
土曜日 7 12, 2008
IT環境は、その設備を購入しそれぞれの企業の資産として持つ時代から、ITリソースを必要時に必要な分だけ利用する時代へと変貌を遂げようとしている。それがユーティリティ・コンピューティングである。少々時間はかかるだろうが、IT活用が事業ドメインの企業は、事業継続性の観点から、現実味を帯びてきている。IT技術はすでにその対応は可能となっており、提供側のビジネスモデルだけが成熟していない。
組織は、IT活用のピーク時にあわせてそのリソーを購入し設備する。その企業はサービスを提供する顧客がいて、常時サービスを提供し続ける使命があり、そのリソースを確保することは当然のことである。
でも、それ、ほんと?
ITリソースは、平常時20%以下の稼働率といわれいる。通常は80%も遊んでいるのである。この事実は設備投資として効率的と言えるだろうか?ITの専門家が乏しい日本企業では、まんまとIT企業に余分なリソースを売りつけられてきたのである。そして、ピークに合わせたIT投資は、個別企業単独では多大なコスト負担となり難しくなってきているのである。そろそろIT企業もまじめに提案をしなければならない。
たとえば、e-Japan戦略で、国民や企業からの手続き業務(申請業務)が電子化されたが、その構築には8000億円程度の税金が投入されたといわれている。
その利用率は?
1%から数%!そして、住基カードの普及枚数は?
システムの使い勝手の悪さや、手続きの煩雑さ、そして、もともとその利用頻度が引くものまで多額をかけて開発された。もし、ユーティリティ契約なるもので、国はその開発企業と契約していたら、いくら税金を抑えられたのだう???
ユーティリティ・コンピューティングは、リソースを利用した分だけ、その利用料を支払うモデルである。単純計算ではあるが、8000億円のシステムが1%の利用率だとすると、80億円となる。もちろん発注者側の要求仕様の問題もあるが、ITは利用されて初めて価値があるという原点に振り返れば、提供側も含めて、本当に利用者側の目線でサービス開発しなければならないことに気づかされる。ユーティリティ契約は、これまでのIT企業のビジネスモデルを大幅に変化させるがゆえ、本気で踏み込めていないのである。このモデルはIT業界の改革には、もっとも効果的かもしれない。彰二朗
土曜日 7 12, 2008
大きな流れを創るために一時は対立構造を作る必要はある。それは今の何がだめだと仮定し、どのように変わるべきなのか、結果として何が変わるのか、わかりやすく示すためである。このようなプロセスを経過する中で、いよいよ対極から大局へ切り替えるタイミングが来たように感じる。
改革は、極端な対立構造をあえて作った方がその違いをわかりやすく示しやすい。5年前、自治体のシステム改革が始まった頃、総務省は、北海道vs福岡の対立構造を示した。技術的には、.net vs J2EE であった。表面的には、MS vs Sunに見え、その自治体を支援している企業対立に捉えられた。まったく本質ではない総務省の「とりあえずやってますプロモーション」に巻き込まれ面倒な思いをしたことは記憶に新しい。
なぜ、そこを超えて本質を見ようとしないのだろうか?
本質を見る!そしてそれを実行する!
カッコよすぎるだろうか?
自分はあるべき論を展開する時、それは現実社会とかけ離れていて、それを語ると理想論者的に扱われていた。もういいのではないだろうか?理想を追求しても!
みんなで、対極から大局を考えるようにシフトする。
カッコいいですよね。カッコいいんだから、金儲け主義みたいにダサくないんだから、いいですよね!
私は、Sunで政府系の営業本部の責任者なのですが、安易に??と組めば大きな売り上げを達成できる案件もいくつもある。でも、私はITの本質を追求したいと考えている。なので、売り上げ主義には安易に進めない。サラリーマンとしてはあまり褒められたものではないだろう。今も、今後の大きな大局を示す案件にとりかっかっているが、その関係者がみんなその意義を理解してもらえているわけではない。
対極を示し、それを実行する。そしてその成果は大局にとって理想的な結果となる。それが今一番求められている重要なことではないだろうか?
彰二朗
金曜日 7 11, 2008
長い期間の古ーい付き合いや仕事上の取引関係は社会人である以上誰もが持っている。自分自身も多くの信頼させていただいている仲間が大勢いる。その関係は、普段は友人でも仕事となると発注者と受注者という関係になることもありうる。また、長い間仕事上大きな課題もなかったために、新たな提案もなく継続して取引している関係もあると思う。政治や役所の世界ではそれを随意契約と称され、そのすべてが悪しき習慣のように取り扱われる。そしてその関連の疑わしき事象がマスコミに流れれば、犯罪のように報道されるケースも増えてきている。・・・・考えさせられますね?・・・・・産官学連携???・・・・このままで出来ますかね???
サラリーマンである以上、経済的活動をしない限りそのコストは捻出できないことは常識であるが、金儲け主義、株価主義、成果報酬主義等々、経済活動中心から、そろそろ物差しを変えて、社会は?人生は?と考え直す時期に来たのではないだろうか? 洞爺湖サミットでの米国の立ち位置を見ても、成熟国の方向性は変わりつつある。
これまでの数値実績に伴う経験は、誰もが持ち合わせることだと思う。その経験と実績が現在日本の実質社会のピラミッド構造を形成していることも事実である。誰もがその古い構造に嫌気をさしているといいながら、自らの行動は変わっていない。最大の問題はそこにあると思う。
内なる既得権益に決別できるのか? そんな単純な壁を乗り越えられないで、改革は実現できるだろうか?、結論なき迷い込んでいる国が、「日本」だとすると、「日本人」としてどうにか本質的な原点に立ち戻らなければならないと思う。みなさんもそう思いませんか?やっぱり50cm革命を実行しなければならないですね。
彰二朗
月曜日 7 07, 2008
いよいよ洞爺湖サミットが始まった。環境問題が大きなテーマの一つであるが、先進国と新興国の主張がかみ合わない状況が想定されている。先進国側が新興国に、何をどのように説明し理解を委ねるのか?大変興味深いと思いませんか?
先進国と言ういい方自体、今後見直してゆくべきであろうが、地球上で、高度経済成長を先行して実現してきた国が、先進国と呼ばれている。これは、これまでは間違いのない事実であり、先進国は多くの間違いも繰り返してきた。その大きな間違いの一つが、経済発展(金儲け主義)の影で見てみないふりをされてきた「環境汚染」である。新興国は、ようやく高度経済成長時期に入り、貧困から脱して先進国のような経済大国を夢を見始めている状況下にある。そして、これまで環境を侵してきた先進国から、経済成長にブレーキをかけるような、Co2削減の数値目標を課せられるのである。また、環境問題は事実、先進国だとか新興国だとか言ってられない地球上の大問題であり、その最大の悪影響は後進国が受けるのである。が、しかし、先進国が新興国にどうそれを伝えてこの問題を協力して解決していけるのだろうか?
私見ですが、先進国が経験してきた失敗を新興国が繰り返さないように、その過去の反省すべき事象を詳細に分析し、日本はどの時点から経済発展のために、何を無視し、何を失ってきて、今どうなってしまったのか?あらいざらい正確に説明すべきである。そして、例えば中国は、日本のどの時期に相当し、その時点でどのように方向を転換できれば、日本で起きた間違いを繰り返さないですむのか・・・・。を、真摯に伝えてはどうだろう?
私自身Sunというグローバル企業に勤務していて、それぞれ各国の出身の社員と接するが、その出身国の状況を認識し、それぞれが異なる状況で人生をおくってきているからこそ、異なる感覚と異なる考えを持っている。と認識するべく努めるようにしている。そして日本人がアジア各国の新興国の方々に出来るアドバイスは、経済発展(金儲け)と引き替えに失ったものの大きさと、格差社会を生んだこと、それに気づいた後では、中々是正出来ないという事実だと思う。新興国の健全な成長を支援できるのは日本ではないだろうか?日本にも現在の新興国と同じような時代はあったのだから。彰二朗