内なる既得権益とどう決別できるか?
金曜日 7 11, 2008
長い期間の古ーい付き合いや仕事上の取引関係は社会人である以上誰もが持っている。自分自身も多くの信頼させていただいている仲間が大勢いる。その関係は、普段は友人でも仕事となると発注者と受注者という関係になることもありうる。また、長い間仕事上大きな課題もなかったために、新たな提案もなく継続して取引している関係もあると思う。政治や役所の世界ではそれを随意契約と称され、そのすべてが悪しき習慣のように取り扱われる。そしてその関連の疑わしき事象がマスコミに流れれば、犯罪のように報道されるケースも増えてきている。・・・・考えさせられますね?・・・・・産官学連携???・・・・このままで出来ますかね???
サラリーマンである以上、経済的活動をしない限りそのコストは捻出できないことは常識であるが、金儲け主義、株価主義、成果報酬主義等々、経済活動中心から、そろそろ物差しを変えて、社会は?人生は?と考え直す時期に来たのではないだろうか? 洞爺湖サミットでの米国の立ち位置を見ても、成熟国の方向性は変わりつつある。
これまでの数値実績に伴う経験は、誰もが持ち合わせることだと思う。その経験と実績が現在日本の実質社会のピラミッド構造を形成していることも事実である。誰もがその古い構造に嫌気をさしているといいながら、自らの行動は変わっていない。最大の問題はそこにあると思う。
内なる既得権益に決別できるのか? そんな単純な壁を乗り越えられないで、改革は実現できるだろうか?、結論なき迷い込んでいる国が、「日本」だとすると、「日本人」としてどうにか本質的な原点に立ち戻らなければならないと思う。みなさんもそう思いませんか?やっぱり50cm革命を実行しなければならないですね。
彰二朗










